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太陽が人をハッピーにする。リスボンの下町に集まる人間模様

コロナは完全に収束?!

オランダにも日本のゴールデンウィークのような「5月休み(Meivakantie)」がある。子供たちの学校は2週間お休み。ティーンエイジャーの長男の強い要望により、1週間リスボンに行ってきた。彼は3月にフリーランニングの仲間と合宿でリスボンに行ったことがあり、「どうしてももう一度飛びたい場所」があったのだ。

オランダからは飛行機で2時間半。アムステルダムのスキポール空港ほどではないが、地元のアイントホーフェン空港も混んでいて、もう完全にコロナ禍以前のバカンス風景が戻っている。飛行機の中だけはまだマスクを着用することになっているはずなのだが、ほとんどの若者がマスクを着けていなかった。

リスボンから郊外の海岸に行く電車の中。みんなマスクを着けている。

リスボンは地下鉄や電車がシンプルで乗りやすく、安い。ポルトガルではコロナ規制がオランダより厳しいらしく、みんな公共交通機関ではきちんとマスクを着けており、うっかりマスクをし忘れていると、おばさんに注意されたりもした。よく見ると、0.5%ぐらいの人がマスクを着けていなかったが、そのうちの多くはオランダ人であった。

リスボンの下町、アルファマ

リスボンの街はかすかに潮の香りがしている。しかし、海のように見える広い水は、実は大きなテージョ川。海はもうちょっと西の方(電車で30分ぐらい)なので、潮の香りもマイルドな感じがする。海に面した丘の斜面にオレンジ色の屋根の建物がぎっしりひしめき合っていて、南欧情緒たっぷりだ。

リスボンの丘にひしめくオレンジの屋根。
海みたいに大きいテージョ川にかかる4月25日橋。サンフランシスコのベイブリッジを建設したのと同じ会社が作ったそうだ。

私たちが泊まったアパートは、アルファマ(Alfama)という下町っぽい地区で、細い坂道がくねくねと入り組み、青や緑のタイルで装飾された建物が所せましと並んでいる。坂道の向こうには教会の塔やテージョ川が見え隠れし、ピンク色の花が青い空に映える。どこを切り取っても絵になる風景の中を、昔ながらのトラムが坂道を上ったり下りたり。

80~90年代ぐらいまで、この地区は売春や水商売が盛んで治安が悪く、誰も住みたがらなかったというが、近年は観光客にアパートが貸し出され、おしゃれなカフェ・レストランや商店が増えた。

地下鉄の駅もバス停も港もすぐ近くだし、リスボンを代表する城やら広場やら大聖堂やらが全部徒歩で行ける。観光して回るには最高のロケーションだが、その反面、ほとんどのレストランや商店が観光客向けで、質の割りに値段が高い。旅の情報をほとんど集めてこなかった私は、ちょっと途方に暮れてしまった。

リスボンの下町、Alfama地区

しかし、リスボンに到着した次の朝、アパートの近所をぶらぶら散歩して、素敵なカフェを外から眺めていたところ、白髪のおばさんが英語で話しかけてきた。

「ここ、ラブリーでしょう?あなた、どこから来たの?」
「日本人です」と答えると、「ああ、日本はポルトガルの友達よ。ようこそ!」と、急に親しげになった。そして、「私、この近くで働いているんだけど、ちょっとここで待っていてくれる?」と言うと、いったん職場に帰って同僚にことわりを入れたのか、5分ぐらいで戻ってきた。

「すぐに仕事に戻らなくちゃならないけど、この辺の美味しいレストランを教えてあげる」と言って、一緒に歩きだした。
「ここは魚が美味しい。“今日のおすすめ”を食べること」
「ここはツーリスト相手だから入っちゃダメ」
「ここは私の幼なじみの店。すごくお料理が上手なのよ!ここのスイートライスは絶対に食べて」
「Ginja(さくらんぼのリキュール)を飲みたいなら、このおばさんから買ったらいいわ。この人はクリーンよ」

魚のかき揚げ(Patanisca)とタラのフリット(Pastel de Bacaluhau)
手作りのスイートライス(Arroz Doce)

何という幸運だろう。アナベラという、そのおばさんが教えてくれたところはことごとく美味しく、良心的で、私と子供たちは滞在中、何度も足を運ぶことになった。タラのかき揚げやイワシのグリルは、グリーンワイン(Vinho Verde=若いワイン)と大変よく合って、幸せな気分になった。

アナベラおススメのAlfamaレストラン
(いずれもウェブサイトなどなし。「Fado Museum」の向かい近辺にある)
TASQUINHA (スイートライスが絶品)
Restaurante O Cartaveiro (「本日のおススメ」を食べること)

Restaurante O Cartaveiroにて。ランチのみ。この日のおススメはタラとイワシのグリル。いっぱい食べて飲んで20ユーロ。

1日15時間労働、週休1日

私たちが泊まっていたアパートの向かい側にあるカフェは、朝7時から夜10時ぐらいまで開いていた。定休日は日曜日のみ。朝ごはんから夜のアルコールまでを提供し、いつも地元の人でいっぱい。50~60代の夫婦が朝から晩まで目まぐるしく働いている。

朝から晩まで目まぐるしく働くゼおじさん

おじさんはポルトガル語しかできないので、私はいつも身振り手振りでほしいものを伝え、おじさんは電卓をたたいて私に値段を知らせた。明瞭会計ではなく、どうも何度かボラれたかな…と思うことがあったのだが、とにかくアパートの目の前にあって便利なので、私は毎朝ここでコーヒーと「パステル・デ・ナタ」という地元のエッグタルトを食べ、ことあるごとにアパートの窓からこのカフェの様子を観察していた。

ある日、常連客のペドロという、バツイチの男とおしゃべりした。8歳の息子がいて、普段は一緒に住んでいないが、週末には時どき顔を合わせているという。職業は「ITワーカー」。仕事はITだが、趣味はグラフィック。「落書き禁止」の壁に描くことにパッションを感じているそうだ。

彼はロンドンやロッテルダムで暮らしたことがあるといい、流暢な英語を話す。このカフェのおじさんは「ジュゼ」という名で、みんな「ゼ」と呼んでいること、この店はもう30年ぐらいやっていること、おじさんのモーレツな働きぶりはポルトガル人には異例であることを教えてくれた。

「しかも、ゼはこの辺に住んでいるんじゃないんだ。家も遠いんだよ。夜10時に店を閉めて、片付けをしたら10時半。家に着くころにはもう11時を回っているんだぜ!」

確かに、ゼおじさんは毎日、車で通勤していた。黒い、ピカピカの大きなルノーで。郊外の豪邸に住んでいるのかもしれない。なんとなく、そうであってほしいと願った。

太陽を求めて

もう1人の常連は、このカフェの向かい…つまり、アパートの隣にある小さな食料品店のバングラデシュ人だ。彼によれば、このあたりの食料品店や安っぽいお土産屋は、みんなバングラデシュ人が経営している。コロナ禍では店を閉めなければならなかったが、同郷同士で助け合って何とか店は持ちこたえた。リスボンに住んで15年。驚いたことに、彼もロッテルダムに4年間住んだことがあるという。オランダ語も少し、覚えていた。

「どうしてポルトガルに来たの?」と聞いたら、「こっちの方が天気がいいからね」との答え。「太陽があると、ハッピーになる。お金が儲からなくても、太陽がある方がいい」

リスボン郊外のカスカイス

確かに、太陽は人をハッピーにする。それを考えると、日照時間が冬は極端に短い北欧の人たちの幸福度が世界的にみて高いというのは、結構すごいことだと思う。北欧の人たちは、厳しい気候を補ってハッピーになれる工夫をしているんだろうな……。

そんなことを考えていたら、ある日、魚の美味しいレストランで、ノルウェー人のジャーナリストと隣り合わせになった。その日のリスボンの気温は24℃ぐらいだったが、ノルウェー北部の彼の街の気温は4℃だという。「冬は昼でもこのぐらい暗いよ」と言って、彼は濃いワインの色を指さした。「冬の夜空にはオーロラが見える。まるで動物みたいに動いているんだ」

私たちが泊まったAlfamaの古いアパート

彼は太陽を求めて、年に2回リスボンに来て、1カ月ずつ滞在する。ポルトガル語も習得しているようだった。
「Airbnbなんて使っちゃだめだ。1週間のアパート滞在でいくら払った?500ユーロ?僕は同じ値段で1カ月アパートを借りる。地元の新聞の不動産広告を見て、直接連絡するのさ」

とてもいいアイデアだけど、ポルトガル語ができないと難しい。私は90年代に中国に住んでいた頃のことを思い出した。地元の言葉を話すと、とたんに美味しいものにありつけたり、いろいろなモノの価格が安くなったりする。言語は魔法のカギみたいだな、と思う。

アルファマから歩いて5分、広大なコメルシオ広場に出る。

アルファマを一歩出ると、すぐにコメルシオ広場に出る。ポルトガルはかつて、いち早く世界を航海し、一時は広大な海上帝国を築いた国。その勢力の痕跡をこういう広場や建築に見ることができる。

今でも、広大な港があったり、大西洋の真ん中に島を持っていたり、アメリカ東海岸に近かったり…という地理的条件を利用して、「ヨーロッパへのゲートウェイ!」「アメリカとヨーロッパを結ぶ中間地点」などとガンガン売り込めるんじゃないかと思うが、あんまりガツガツしていない印象だ。

太陽と、美味しい魚と、ワインがあればいい。それに加えて、ポルトガルには素敵な民族歌謡「ファド」がある。街のあちこちでこれを聞いたが、今回は子連れだし、酒場でのライブは聞きに行けなかった。次回の楽しみにしたいと思う。

15世紀、大航海時代をたたえる「発見のモニュメント」。エンリケ航海王子やマゼラン、バスコ・ダ・ガマなどが見られる。


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