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「自分発見」の旅、オランダの中高生が直面すること

子供からおっさんまで

 今年9月から長男がオランダの中学校に上がった。こちらは学区制がないため、公立校でも自分たちで学校を選ぶシステムになっており、小学校の最終学年に担任の先生と親子の相談により決められる。その際には大学まで進学する6年間のコース(VWO)と、職業大学に進む5年コース(HAVO)、そして専門学校に行く4年のコース(VMBO)にレベルが分けられる。VWOとHAVOコースだけの進学校、VMBOしかない「ガテン系」の学校、VMBO、HAVO、VWOをすべて含む学校……など、学校によってレベルはさまざまだ。
 理系の進学に強い学校、芸術やスポーツに力を入れている学校、メディア関連の就職先が多い学校など、学校のカラーもさまざま。そのため、毎年1月頃に開かれる各校の「オープンデイ」を親子で見学して、子供達は自分のカラーに合った学校を探すことになる。

 「オープンデイ」でまずびっくりするのは、生徒たちの年齢差だ。オランダの中等教育は、中学校と高校が一体となっているため、高学年の男女はほぼ大人同然。VWOコースのある学校などでは、留年なども含めると20歳ぐらいの学生もいるため、小学校卒業したての子供たちと比べると、その差は実に大きい。髭もじゃもじゃのおっさんのような人もいて、生徒なのか職員なのか見分けがつかないほどである。女の子も体格がいいし、お化粧をばっちりしている子もいて、実に大人っぽい。学校を見学しながら、「うちの息子もこの学校を出る頃にはおっさんなのかなあ……」と、つるつるの頬を見ながら感慨にふけってしまった。

パーティ三昧の小学校

 中学校生活の始まりは衝撃的だった。小学校との差があまりにも大きかったのである。日本でも小学校から中学校に上がると、私服から制服になったり、科目毎に先生が変わったり、定期的な試験があったり、英語教育が始まったり……と、いろいろな変化があるが、オランダの小学校と中学校の違いはそれよりも数倍大きい。私の印象からすると、その内容は日本の幼稚園から大学に上がるぐらいの違いがある。

 まず、オランダの小学校は自由すぎた。息子は「モンテッソーリ教育」の小学校に通っていたため、各生徒が自分の時間割に基づいてばらばらに作業をしていたし、時には床に寝そべりながら学習したり、歩き回って友達のところに移動して、助け合いながら練習問題を解いたり……と、本当に自由だった。トイレに行くのも自由。小腹が空けば、持参した果物を好きな時にかじる。宿題もほとんど出ないし、野外活動やイベント的な学習も多く、私から見ると「毎日がパーティ」みたいにも見え、日本人の親としてはちょっと不安になるぐらい楽しそうだった。特に最終学年の後半、みんなの進路が決まると、もうあとはパーティ三昧。お別れパーティだの、卒業ミュージカル作成だの、卒業キャンプだの……「こんなに遊んでインカ帝国!」と叫びたくなるほどお気楽な毎日だった。

鉄のかばん、お勉強、宿題

 しかし中学校に入ると、いわゆる「お勉強」が始まった。毎日6~7教科の教科書やノートが詰まった、鉄鉱石のように重いかばんを自転車の荷台にくくりつけて登校する。小学校時代は教材をすべて学校に置いていたので、家から持参するのはお弁当と水筒だけだった。この重いかばんに慣れるまでも、親子ともに少々時間がかかった。

 教科毎に先生が変わるのはこちらも同じ。しかし、先生が同じ教室に入れ替わり立ち代わり現れるのではなく、こちらは子供達が教科書を持って、それぞれの教室に移動するシステム。さらに、始業時間も毎日一定ではなく、例えば水曜日は授業開始が3時限目(10時過ぎ~)からなので、それまで家でゆっくりできる……など、ちょっと大学生みたいな日課になる。

 1教科の授業時間は50分。これまでモンテッソーリ式に慣れていた息子は、50分間座って先生の話を聞き続ける授業スタイルが苦痛で、未だに慣れるのに苦労している。トイレも今までのように自由に行くわけにいかず、授業と授業の間に速やかに済ませ、次の教室に移動しなければならない。お昼休みも20分と短い。その間に混雑したカフェテリアでさっさと席を見つけ、持参したり購入したりしたサンドイッチなどを急いで頬張る。初めのうち要領よく席を確保できなかった息子と友人は、しょっちゅうランチを食べ損ねて帰ってくる体たらくだった。中学生活には、サバイバルスキルも求められるのだ。

 そして宿題。毎日、複数の教科で宿題が出る。「来週までに〇ページの問題をやってくる」というように、内容はさほどきつくないのだが、毎日少しずつやらないと後が辛い。小学生の時から宿題に慣れていればいいが、宿題がなく、遊びたい放題だった息子にはこれだけでも心理的ストレスが大きい。

 中学1年生は「勉強プランの立て方」なども授業に組み込まれている上、宿題のサポートが必要な学生には、学校の内外でサポートシステムもある。今のところ、息子は何とか家で宿題をこなしているし、分からないところなどは私もまだ手伝えるレベルだが、これから学年を経るにしたがってこちらで対処できなくなったら、こうしたサポートを利用しようかと思っている。

12歳は進路の分かれ道

 上記のように、オランダの小学生は最終学年で「進学コース」か「職業コース」か、ある程度選別されることになっている。12歳で進路を決めなければならないオランダのシステムについては、「早すぎる」との見方も多々ある。

 しかし、年齢を経るにしたがって子供の能力や興味に変化が現れたり、進路を変更したくなったりするケースももちろんあり、その場合はVMBOからHAVOへ、HAVOからVWOへ(あるいはその逆…)とコースを変える選択肢も用意されている。ただ、その場合はそれなりの成績が必要だったり、それぞれ移った先のコースで1年余計に在籍する必要があったりするので、かなりのやる気と気合がないと実現しない

 ちなみにオランダの大学進学率は10%。「大学(University)」というのは、本当にアカデミックな研究機関なので、よっぽど勉強好き、または研究に向いているタイプでないと進学できない。さらに大学に入ってからドロップアウトしたり、進路を変えたりするケースも多く、最終的に大学を卒業できるのは入学時の3割ぐらいだという。猫も杓子も大学を卒業する日本の事情とはちょっと違う。オランダでは大学よりも職業大学(Hogeschool)を出る人が多く、実は日本で言う「大学」の学士レベルはこちらの方に近いかもしれない。ただ、オランダの職業大学の方が仕事に直結した実務的なことを学ぶ点が日本の大学とは違う。

自分発見の旅

 私の息子が通うのは、こうした進学コースではなく、卒業したらMBOと呼ばれる専門校に通う職業コースだ。厳密にいえば、彼の学校は職業コースから大学進学コースまである大きな学校で、中学1年生の間だけVMBOとHAVOが一緒になったクラスにいるため、この1年間の成績と本人の希望によっては職業大学コースに進む可能性がまだあるのだが、基本的にはVMBO。こちらは土木、建築、メカニック、調理師など、いわゆる「ガテン系」の職業に就く人が多い。私自身、日本の学歴社会を生きてきたため、息子が12歳で「職業コース」に進むことには正直、ちょっとした抵抗を感じた。未だに「中学校で勉強に目覚めて、進学コースに行ってくれれば……」との思いもある。

 しかし一方で、みんなが一様に進学して「インターナショナル・マネジメント」なぞを勉強することにも疑問を感じる。オランダでは電気技師や配管工は成り手がいなくて、今や予約が1年先も取れないほどの忙しさだという。ボイラー師も調理師も私達の生活を支える大事な仕事だし、それが自分に合っていて、それで生きていけるなら、それも立派な選択だ。

 息子の中学校生活が始まってまもなく、「保護者説明会」が開かれた。講堂に集まった保護者を前に、校長先生は言った。「これからの中学・高校生活は『自分を発見する旅』です。自分が何をするときに楽しいと感じるか、何をするときに努力が必要なのかを在学中によく見つめてほしい」

 息子は今のところ、フリーランニングやサッカーといったスポーツに無我夢中。中学校もスポーツに力を入れている学校を選んだので、勉強はともかく、スポーツの授業は楽しんでいるらしい。スポーツでも身体を使った労働でもいい。自分がいちばん好きで、能力を発揮できて、やっていて幸せだと思えるものを見つけてほしいと願っている。

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