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海外暮らしの「薄切り肉」問題

海外暮らしが長いけれど、どこの国でも私の生活の割と大きな課題となっていたのが、薄切り肉をどこで手に入れるかということだ。日本のスーパーなどでパックで売っているような薄切りの豚バラ肉や、すき焼き用の牛肉は、ほとんどの国で普通に売っていない。でも肉屋に行けば、とりあえずはハムなどを薄く切る機械があるので、私が海外でまず探すのは、肉を薄切りにしてくれるいい肉屋だ。

19年前、オランダ中部の街ユトレヒトで生活をはじめたときも、まずは近所の肉屋で薄切りを頼んでみた。おばさん従業員は面倒くさそうではあったが、一応は装置に電源を入れ、肉をサッと薄切りにしてくれた。「これでいい?」と言いながら見せてくれた肉片は4~5mmぐらいの厚さがある。「いや、その半分ぐらいの薄さにしてください」と頼むと、「そんなに薄くすると美味しくないわよ」と言って、3mmぐらいにしかしてもらえなかった。今より国際化が進んでいなかった当時の話である。

それから16年前にアイントホーフェンという南部の街に引っ越した。新たな薄切り肉サプライヤーを求めて近所の商店街にある肉屋に行ってみた。ピンクの顔をした中年の太ったおじさんが、いつもテキパキと働いている。「豚バラ肉を2mmぐらいの薄さに切ってもらいたいのですが」というと、おじさんは嫌な顔ひとつぜすに肉切りマシンでバラ肉を切り、「このぐらいですか?」と肉片を掲げた。「えっと、もうちょっと薄く、2mmぐらいでお願いします」というと、また「このぐらいですか?」と確認して、残りも全部きれいに薄切りにしてくれた。

以降16年間、何度そこで薄切り肉を買ったか分からない。あまり頻繁に頼むのも面倒なので、いつも1㎏分をまとめて買って冷凍していた。私がいつも同じものを頼むので、おじさんも興味津々だったのだろう。あるとき、「この薄い肉、どうやって使うんですか?」と聞いてきた。「野菜と一緒に炒めたり、煮たり、いろいろ使えますよ」と言うと、「それは美味しそうですね」とほほ笑んだ。ここ10年ぐらいの間にオランダ人の食卓も随分と国際化して、東洋の料理に関心が高まっているとはいえ、私はおじさんの対応になんとなく温かい気持ちになったものだ。

先日、いつものようにまた薄切り肉の大量買いをしようと、商店街に出かけたところ、肉屋は閉まっていた。ガラス越しに見える店の中は、商品が全部片づけられて、棚は全部空っぽだった。通りがかりの主婦が独り言を言った。「あれ…店じまいしちゃったの?」

窓からのぞいた肉屋の中。棚が空っぽになっていた。

もしかしたら器具のメンテナンスか何かかもしれないと思い、数日後にもう一度店に行ってみた。やっぱり閉まっている。隣のトルコスーパーの商品棚が肉屋のほうまで進出していた。トルコ人従業員に聞いてみた。
「肉屋さん、閉店しちゃったんですか?」
「そうですよ。うちのスーパーの精肉コーナーがそっちに入る予定です」

肉屋さんは、どうやらトルコスーパーに買い取られたようだ。店の前にスーパーの野菜が進出している。

コロナ禍ではレストランが閉まっていたため、家でいい肉を食べる人が増え、肉屋が繁盛しているということを聞いていた。しかし、コロナ禍が終わった後は、物価高で消費者は財布のひもを引き締めた。おじさんの経営は苦しかったのだろうか?それとも、もしかしたらおじさんは肉を食べすぎて健康を害してしまったのだろうか?いや、単に定年退職したのかもしれない。一生懸命働いて、ある年齢に達したらきっぱりと店じまいをしようと決めていたのかもしれない。

いろいろ妄想が頭を駆け巡る中で、「これから薄切り肉をどうしよう…?」と思った。イスラム系のトルコ人の肉屋に豚肉はない。この近所で薄切りのバラ肉を手に入れることは諦めなければならない。

この辺に住んでいる日本人は、うちから車で20分ほど北に行ったショッピングセンター内の肉屋で肉を薄切りにしてもらっている。私も以前に2回ほどそこで購入したことがあるのだが、自転車や徒歩でひょいと行ける距離でないのが面倒だ。

肉の薄切りのことなんて、人生のほかの問題に比べれば大したことではないのだろうが、この出来事でちょっと気が沈んでしまった。なんの前触れもなく、肉屋のおじさんが行ってしまったことも結構寂しい。おじさんがせめて、悠々自適の年金ライフを謳歌して、今は南仏かどこかで素敵なバカンスを楽しんでいることを願いたい。

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