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「多様性」こそが魅力のゲームApex Legendsのお話

FPSゲーム「Apex Legends」に私がはまってしまったのは、もちろんゲームがおもしろいからだけれど、大きな発見だったのがキャラクターのリアリティと多様性でした。

YouTubeのゲーム実況を見始めたのが2021年1月、見ているだけでわくわくして、色々な配信者さんの動画を見て大会を見て、とするうちに自分でも大学卒業前にプレーしてみたくなり。Nintendo Switch版がリリースされたと同時に、Nintendo Switch本体を購入して10年ぶりにゲームをやり始めました。フィールドも人物も武器もスキルも全部のイラストが細やかで、キャラクターのスキルを活かした撃ち合いの技術だけじゃなく戦略的な動き方が必須で、というあたりが見れば見るほどおもしろく感じられました。ただ撃ち合うだけだと思っていたバトルロワイヤルゲームの概念が変わり、洗練された世界に引き込まれました。

そうこうしてゲーム配信を見ていたとき、気になったのが配信中にあったこんな会話。

「あ、今回女の子3人パーティーだ」
※Apex Legendsは3人1組でチームを組んで戦うゲーム
「え、ブラハって男だと思ってたけど違う?」
「んーと、なんか不明みたいな扱いじゃなかったっけ?」

私はそれまでブラッドハウンドというキャラクターを、ただ敵を検知するスキルを持っている、信心深い狩猟民族のようなイメージでつくられた人物だと思っていました。少なくとも女性だと思ったことは少なくとも1回もなくて、ただ男性かとそこで言われると違う気もする…。

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画像:Apex Legends HPより
https://www.ea.com/ja-jp/games/apex-legends/about/characters/bloodhound

ということで調べてみてわかったのが、ブラッドハウンドは「ノンバイナリー」であるという設定が公式に明言されていることでした。性別設定がないわけではなく、用語をちゃんと使ってノンバイナリーであると性自認が公表されているんです。日本のゲームやエンタメ作品では、ゲイやレズビアンなどの設定の人物が最近登場するようになったものの、まだそれ以外の性自認・性的嗜好の設定はまだまだ少ないはず。世界で大流行しているアメリカ発のゲームはここまで時代の先を行ってるのか、と驚いたのをよく覚えています。

多様性のあるキャラクター

このゲームただものではないな、と気づいてから調べ始めると、登場人物たちは本当に多様なバックグランドを細かく設定されていることに気づきました。

Apex Legendsには2021年5月現在17人のメインキャラクターがいます。

レイス、ジブラルタル、ブラッドハウンド、パスファインダー、ライフライン、バンガロール、コースティック、オクタン、ローバ、ランパート、クリプト、ミラージュ、レブナント、ワットソン、ホライゾン、ヒューズ、ヴァルキリー

ゲームの舞台は現在から約700年後の地球から離れた惑星ですが、あくまで地球自体は存在しています。そのため、キャラクターたちにはそれぞれ、現実世界と重なるようなルーツが与えられています。

まず、ジェンダー・セクシュアリティという観点。ブラッドハウンドは顔を隠していて服を着こんで帽子をかぶるという男性とも女性ともつかない姿をしていますが、ノンバイナリー(性別を持たない)という設定が公表されています。
男性的で頼もしいキャラクターであるジブラルタルは、ボーイフレンドがいたことがエピソードとして公表されていることから、ゲイ(男性同性愛)の設定だということがわかります。
その他にも、最もボディラインを強調して女性的な身体を持つキャラクターとして描かれるローバは、紹介文で"man eater and lady killer"と表現されており、バイセクシュアル(両性愛)だとのちに公式が発表しました。またヒューズは、"Lady’s man, man’s man"と紹介されており、こちらものちにパンセクシュアル(全性愛)だという設定が公表されています。
さらにミラージュは、登場当初は婚活をするヘテロセクシュアルな男性として描かれていますが、のちに公開されたコミックではセクシュアリティが曖昧だと自分で発言をしていて、どうやらクエスチョニング(流動的な性自認)なのではないか、と考えられています。


また、人種の観点では、ハッキングを得意とするクリプトの本名は「パク・テジュン」で、韓国語をゲーム内のセリフで用いることもある韓国系のバックグラウンドを持つキャラクター。
ドームを張りパーティーを守る防御の要ジブラルタルは、ゲーム待機画面でニュージーランドの先住民族であるアボリジニの踊り「ハカ」を見せることから、ポリネシア系のバックグラウンドがることが分かります。
銃を使うことが得意なランパートは、インド系イギリス人の設定であり、たしかにインドに行った私にはインド訛りだなあと感じられる英語を話しています。
さらに、薬物中毒者で陽気なオクタンは"Power Ultra"というラテン語由来のスペインの標語が決め台詞、メキシコ系のなまりのある英語を話すキャラクターであり、スペイン人の父親とメキシコ人の母親の元に生まれたという設定を持っています。


さらに、重力を操る科学者ホライゾンは落ち着きのないように見える動きをして機械を息子と呼ぶ、天才ではあるが変わっているという印象を持たれる人物ですが、彼女がADHD(注意欠如・多動性障害)であるということが公表されました。
さらに、電気柵を設置するスキルを持つ天才電気技師ワットソンは、自閉症スペクトラム障害の設定で、騒音を嫌い人とのコミュニケーションに悩む姿が描かれています。


このように、セクシュアリティ、人種、身体的・精神的な特徴まで、多様な設定を登場人物が与えられているのです。しかも彼らのこのような特徴はことさらにその人の特徴として強調されるわけでもなく、ただ自然にあらゆるバックグラウンドの一部として描かれているし、おそらく公表されていないものもたくさんあります。一般的に生きていて人物を知るということは、何かの特徴だけが際立つわけではなくあくまで全体として見るし、その人にとってセンシティブな部分は親しくならないと知ることはないものだと思います。そのように、色々な個人の性質やエピソードを重ねてキャラクターがつくられているのが、実際の社会の多様性を忠実に描いているように感じました。そして個性的なものとして強調しないことが、多様性に私たちが向き合うべき姿勢をゲームが示してくれてるようにも思えました。

セクシュアリティで人をラベリングしたり狂言回しとして扱うのは、日本のエンタメではまだ見られる様子に感じます。日本でもキャラクターが魅力の質の高いRPGやFPSは制作されているかと思いますが(この辺は全く門外漢で分かりません)、ただここまで背景が綿密に作りこまれ、かつ多様性に満ちた世界を作り上げたゲームは存在しないんじゃないでしょうか。これこそが私が思うApex Legendsの魅力です。

Apex Legendsを生んだアメリカとEA社

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ここからもう少し踏み込んで、どうしてこのような多様性を体現したゲームがつくれたんだろう、ということを考えました。
Apex Legendsを制作しているElectronic Arts社(EA)は、アメリカの大手ゲーム制作会社です。やはり、人種やセクシュアリティの問題が顕在化し、声をあげる動きが大きい社会だからこそ、企業に求められる「配慮」のレベルも高いということがありそう。
例えば、黒人男性が白人警察官に命を奪われたことに端を発するBlack Lives Matterのムーブメントが起きたのが2020年6月です。アメリカ各所でデモが発生し、SNSは黒一色の投稿でいっぱいに。テニスの大阪なおみ選手が黒人差別によって殺害された被害者の名前を記した黒いマスクを着用して大会に出場した姿も印象的でした。
その後2021年2月に、Apex Legendsでは黒人歴史月間に合わせて「BLMバッジ」をログインしたプレイヤー全員に配布されました。このバッジはプレイヤーが表示できる勲章のようなもので、ゲーム内の成績などに基づいて獲得できるものになっています。普通は自分の実力をアピールするツールとして使うものですが、ここでBLMバッジをつけてBlack Lives Matter運動に賛成するスタンスを示すということを可能にしたわけです。
日本人プレイヤーでこのバッジを配布されて意味を調べた人は少なく、焼け石に水程度のお話でしかないかもしれませんが、それでも「なんだこれ?」と思ってBLM運動について少しでもググった人がいるかもしれません。その可能性を世界に膨大な数いるApex Legendsプレイヤーに与えるというのは画期的なことだと思いました。

こんな多様性のある素晴らしい世界を描けるゲーム会社だなんて、さぞ評判がいいのだろうと思ったら、実はこれがそうでもないんです。2012年・2013年には「アメリカでもっとも最悪な企業」(Consumerist調査)に2年連続でノミネートされ、2018年にはアメリカでもっとも嫌われている企業第5位(USA Today調査)にランクインしています。これは、同社を代表するゲームのエンディングや続編の制作についてファンを満足させられなかったことや、ゲーム単価の高さ、カスタマーサポートの悪さなどが大きな原因になっているようです。また、従業員の労働条件の過酷さも問題にされています。2つの不名誉な賞のうち前者の「アメリカで最悪な企業」には、重油の流出事故を起こした港運会社なども過去に含まれており、社会的・環境的に重大な問題があった企業が選ばれるそう。大きな影響力のある会社で期待がかかるからこその裏返しの不人気のようにも見えますが、それはさておきそのような悪い評判のつく大企業でさえも多様性のある社会像を提示し、その価値観をバッジの配布などを通してスケールさせて広げていることは、ちょっと驚いてしまいます。

ちなみに、アメリカで行われた調査ではLGBTQの人の割合は全成人ではアメリカの成人の5.6%、18-23歳のZ世代に限定すると15.9%(約6人に1人)。日本でもLGBT意識行動調査2019では、全国の20歳から69歳に対する調査で約10%が性的少数者であるという結果が出ています。人種の多様性では日本のほうがアメリカより低くなりますが、セクシュアリティや障害のある人については日本が少ないということはありません。

楽しませながらちょっと良い社会を提示する

このアメリカの話を日本に置き換えると、例えばポケモン、荒野行動、ドラクエ、ファイナルファンタジー級の有名ゲームが、登場キャラクターの設定ですごく多様性を表現しているという状況。あるいは、任天堂、バンダイナムコ、スクウェア・エニックスなどの企業が社会的責任に配慮した行動をユーザーから求められるということになるんだと思います。詳しくないのでなんとも言えないですが、調べた範囲では現状はまだまだそれには届かないです。

ゲームの「人を楽しませる」という強み、そして若いユーザーを多く抱えてることは、諸刃の剣です。(少年犯罪が起きるとたびたび議論されてきたような)ゲームやエンタメが現実社会の行動に直結すると考えるのはもちろん早計だけれど、子どもたちや若い世代の価値観のある程度の基礎にはなりえます。人を楽しませながらより良い社会を若い世代にインプットできるのなら、理想論を説かれるよりも自然に心に届き、その先ずっと生きていくかもしれません。それができるなら反対に、プレイヤーにステレオタイプな価値観を植え付けることもできるはずです。

※トップ画像は公式HPからお借りしました


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