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「休みの日に仕事の連絡してこんといて」と同僚

こんにちは!毎日雨続きの日…この2週間雨が降らなかった日なんてなかったのでは?!というくらい雨が続いています。この時期の気候にはいつまで経っても慣れない私…あぁ、長い時間、太陽が見たい。

さて先日、長期休暇をとっていた同僚の事務員のJanne(仮名)から教職員全員に一斉送信メールが届きました。その内容は「長期休暇を取ってる時に連絡してこないで」というものでした。笑

「オランダらしい文化だぜ〜」と思いながら、彼女の意見にも強く頷いた私。今日はそれについて書きたいと思います。

「週末」を中心にして回る社会?

"How was your weekend?"(週末はどうだった?)
これは、私がアメリカに留学していた時、月曜日に必ず多くの人から聞かれる質問でした。月曜日、この質問をしてくる1人目の人への回答はいつも「えーっと何したっけなぁ…」から始まっていたと思います。

この記事を書いている今日は金曜日ですが、毎週金曜日に学校へお迎えへ行ったとき、保護者との別れ際には必ず"Fijn weekend!"(よい週末を!)と言われます。自分が先に挨拶をする時、ついつい"Fijne dag nog verder!"(引き続きよい1日を!)と言ってしまいがちなのですが、その時も相手が"Ja, fijn weekend!"と回答してくるのにつられて、「おぉ、週末だった!」と気付かされます。

私の周囲の人たちで、金曜日に"Fijne dag!"と言ってくる人はほとんどおらず。笑 いかに彼らが"週末"、いわゆる「休める日」を意識して生活しているかがわかります。

事務員、Janneの働き方、彼女の休暇取得

ということで、事務員であるJanneは週2日、私の勤務する学校の事務員として勤務しています。事務員は2名いて、もう1人の事務職員もまた週2日勤務のため、1週間のうちの1日は、学校に事務員がいない状態で学校が回っています。私は水曜日しか出勤しませんが、彼女も水曜日に出勤しているのでいつも顔を合わせる仲です。

そんな彼女が、今回は学期期間中に少し長めの休暇を申請し、それが承諾されました。一般的に言うと、学校現場で働く"教員"と呼ばれる立場の人たちで、特に(週何日であれ)担任を持っているような人たちは、学期期間中に休暇を取ることはほとんどありません。もちろん"休暇を取得する権利"はありますが、やっぱり学期期間中に長めの休暇を取ることは憚られると判断する人たちがほとんどだと思います。また、子どもたちの長期休暇中に教職員は一切出勤する必要がないので、そこで休暇を取るということになります。

一方で、Janneは事務員ということもあって、管理職の校長から学期期間中に長期休暇を取得することを許可してもらったようです。

毎週金曜日に送られてくる来週以降の予定メール

そもそもですが、私の勤務校では校長も週4日勤務で、私が出勤する水曜日は彼女は休みです。また、全体の教職員の勤務形態を見ても、週5日で勤務している人は3人に満たない状態です。

校長が出勤している金曜日には「来週以降の予定」と称したメールが必ず教職員全体に送られますが、そこでは必ず、何曜日に誰が休みかということが書かれていて、Janneが長期休暇に入るということが書かれていました。

"ちゃんとメールを確認していれば"、Janneがいないということは明らかなのですが、どうやらそれを認識していない人たちもいたようです。笑

「休みの日に連絡してこんといて」メール

そして月曜日のことでした、Janneから教職員全体に「休みの日に連絡してこんといて」という題名のメールが届いたのでした。

「皆さん、私に休暇を与えてくれたことは感謝しています…が、この休み中に仕事関係の電話が3本もかかってきました。それに、テキストも。私に用事がある場合は、メールかポストイットでデスクトップにメモを残しておいてください。頼られるのは嬉しいことですが、いつも"ON状態"にいなければいけないと思うとリラックスできません。休暇は休暇として過ごさせてください」

というような内容のメールでした。

学校業務は進んでいる訳だけれど…

ひょっとしたら「そうは言っても、あなたの休暇中にも学校は続いているし、事務員であるあなたの仕事が必要なことがあるのはわかるでしょう?」
と思う人もいるかもしれません。

しかし、その考え方はとても日本人らしい…いやひょっとしたら、アジアらしい考え方かもしれません。

前述した通り、校長は週4日勤務で水曜日に出勤していません。そこで、彼女にメールを送ってみると、自動返信メールで「今日は出勤日ではないので回答できません、緊急の場合は学校(電話番号)にご連絡ください、また回答は明日の9時以降になることをご了承ください」というメールが返ってきます。

私たちの会計士に連絡をして、彼が休暇中だった時も同様のメールが返ってきました。

つまり、「休暇中に仕事に従事しないことを選択すること」は彼らの守られるべき権利なのです。そして、同時に休暇取得する側の彼らには明確な「オンとオフ」の線引きがあることにも気付かされます。

「絶対に(私)あなたじゃなきゃ!」という仕事は世の中に存在するのか?

私がいつも思うのは、世の中に存在するすべての仕事が「代替え可能」だということです。私が担っていることの仕事も、別に私じゃない人がそのポストに就くことは大いに可能だと思います。

だとすれば、他人の休暇を邪魔してまで「あなたじゃなきゃダメなの!」と迫る仕事なんてこの世にあるのか?という問いが生まれます。私もかつてはベンチャー企業にいたので、企業における働き方も少しは理解していますが、手元の仕事がとてつもなく急ぎの用事かどうかを判断することも仕事の一環だと言えるかもしれません。

ひょっとしたら「今すぐ終わらせなくちゃ!」ではなく、どちらかと言うと「(私が)今すぐ終わらせてしまいたい!」という思いを抱いていて、「そこに向かうべきだ!」と思い込んでいるだけかもしれません。

業務の間に挟まった時は、先方に「申し訳ないのですが担当者が長期休暇に入っていて、お答えするのが5日後になってしまうのですがお待ちいただけますか?」などと、同僚の権利を守るための行動が必要な時もあるだろうし、自分が逆の立場としてそう言われたら「なるほど、待ちますよ」と言ってあげられることも大切だと思います。

誰かの権利を守る行為は、巡り巡って自分の権利を守る、守ってもらうことにつながると思って仕事をすることも必要なのかもしれません。

「自分軸」が中心にあることは教育文化にもあらわれる

ヨーロッパのいわゆる「個人主義」は外から見ると憧れに見えるかもしれませんが、要は大人がそういう感覚で動いているので、子どもたちにもそのDNAが受け継がれるというのは大いにあると思います。

ひょっとするとJanneのメールから「次に出勤する時、普通の顔で出勤できるのか?!」と思う人もいるかもしれませんが、彼女はいたって普通で、周囲の教職員も「電話してごめんね〜!」とか「あれは、その通りよ」とか言う感じで、いたって普通でした。笑

「自分を犠牲にしてでも周囲の要求や要望に応える」ということは彼らの中にほとんどありません。何故なら「自分を大切に出来ていない状態で、誰かのことを本当の意味で大切にすることは難しい」と考えるからです。短期的に誰かの役に立てたとしても、長期的に見てその人が自分の一部を削りながら誰かの役に立ち続けることができるかと言われると、それは難しいです。つまり、"sustainable"(持続可能)な状態ではないと言えます。

そういった意味で「まず自分を大切にすること」は巡り巡って、「他の誰かが彼/彼女自身を大切にすることを認める」ということにもつながります。「自分を大切にすること」にこだわるのは、誰かを大切にすることに繋がる可能性が極めて高いからなのだと気付かされます。

そういった考え方や発言をもとに学校や家庭で毎日を送っている子どもたちは自然とそれが身につき、学校でも家庭でも「自分」を大切にして生きていけるのだろうと思ったりします。(自分ばかりになってしまうのも問題ですが)

今回のこの一件は「自分」を中心に考える文化は、こういうところにも見えるな〜と思った出来事でした。

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