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シネマの記憶012 老人に住む土地なし

 先日たまたま目にしたニュースに驚いた。業務用コンプレッサーを悪ふざけで同僚の尻に向けて圧縮空気を注入し死亡させたという事件があった。気になって調べてみると、同様のことが何度も起きている。どういうことなんだろう、これは。

 それにしても奇妙な偶然もあるものだ。映画「ノーカントリー」について書こうと思っていたところに、このニュースが飛び込んできたからだ。じつは、このコーエン兄弟の傑作スリラーに、やはり業務用コンプレッサーが、滑稽かつ怖ろしく印象的な凶器として頻繁に登場しているのだ。

 「ノーカントリー」は2007年に米国で制作されているが、この年は米国映画の当たり年だった。前年の夏にはサブプライム・ローン破綻があり、翌年つまり2007年9月には投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻があった。賭博場と化したはてに巨大な不動産証券バブルを生み出した金融が、一転、逆回転を始めて恐慌を起こし、実体経済が大きく傷んだ時期に、映画の傑作が数々生まれたというのも不思議な現象である。

 原題はNo Country for Old Men。直訳すれば「老人に住む土地なし」となるだろうか(原作の日本語訳は「血と暴力の国」)。古き良き米国は失われて久しいというニュアンスを感じる。

 ある日、猟に出かけたモス(ジョス・ブローリン)が、銃撃戦の痕跡を発見する。そこで麻薬絡みらしき大金の入ったバッグを拾って帰宅する。しかし、ひとり息のあった男のことが気にかかり、その夜、モスは現場に戻る。それが運の尽き。ギャングたちに見つかり、なんとかその場は逃げ延びるものの、置き去りにした車から身元がばれる。そこから、冷酷かつ残忍な殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)に、執拗に追い続けられることになる。

 髪型から服装まで圧倒的な存在感を放つ殺し屋シガー。出会った相手に、いきなりCall It, Friend-o(表か裏か、どっちだい?)と話しかけて、コイントス。見知らぬ男のそんな質問に答える義務など誰にもあろうはずないのだが、シガーは会話がまったく成立しない男である。賭けに乗らないと、怖ろしいことに巻き込まれるのではないかという予感に襲われる。

 理不尽な暴力がもたらす圧倒的な恐怖感。

 「ノーカントリー」は、いまの米国を予告する黙示録だったのかも知れない。この時期にすでにトランプという異形な大統領を生む下地が整っていたのかも知れないと感じるからだ。

 原作:コーマック・マッカーシー、脚本・監督:コーエン兄弟、ベル保安官:トミー・リー・ジョーンズ、追う殺し屋シガー:ハビエル・バルデム、逃げる男モス:ジョス・ブローリン、モス夫人:ケリー・マクドナルド。

画像出典:映画.com

公開当時の予告編はこちら

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