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室町砂場・赤坂店で。

休日になると蕎麦屋で昼酒を酌んでいる。
馴染みの店がいくつかあって、その日の気分で
どこぞの店に立ち寄っている。そんな中、
見知らぬ町の蕎麦屋で、ひととき過ごすときが、
たまにあるのだった。
先月、東京へ出かけた。赤坂で所用を終えた昼どき、
地下鉄の駅に向かって歩いていく。
上野へ行って、アメ横当たりの昼間から飲める
店を探そうか、東京駅の飲食店街をさまようか
思案していたら、左手に、年季の入った佇まいの
店を見つけた。
暖簾に砂場、赤坂の文字があり、
おっ、ここがかの有名な砂場かと、
ふらふらと暖簾をくぐったのだった。
老舗の蕎麦屋の砂場は、東京にいくつか店舗がある。
こちらは日本橋に本店を構える、室町砂場の
赤坂店だった。
頻繁に来るわけではないから、
東京の蕎麦屋には疎い。谷根千あたりを散策した
折りに、
日暮里駅前に在る川むらという蕎麦屋へ二度
伺っただけだった。酒と肴の品ぞろえが好く、
細打ちの蕎麦も旨い店だった。
赤坂砂場は、店内はそれほど広くない。
テーブル席に先客がひとりだけで、
座敷の端っこの客席に腰を落ち着けた。
以前、東京に暮らしていた友だちが、老舗の
蕎麦屋に入ったときのことだった。
ざる蕎麦を頼んだら、意外に量が少なかった。
二枚目を食べても、まだ腹に足りない。
三枚目を頼んでもまだ足りない。
四枚目を頼んだら、隣でお銚子を傾けていた
おじいさんに、
そんな野暮な食い方してんじゃねえと
怒られたという。
作家の池波正太郎さんは、神田のまつやを贔屓に
していた。口癖は、酒を飲まないくらいなら、
蕎麦屋なんぞに入るなだった。
板わさか焼きのりで燗酒を二本。そのあとでもりを
二枚が常だった。
さらっと飲んでさらっと蕎麦で締める。
蕎麦屋酒をたしなむようになってから、それを手本に
ひととき過ごすように心掛けている。が、
ときどき好い気分に拍車がかかり、つい杯を
かさね過ぎてしまうのが、困りものだった。
ねぎ焼きでキリンラガーを飲んでいたら、
常連さんが続けざまに入ってくる。
そして、男性のお客はみな一様に、酒を注文している。
いいねえ。蕎麦屋じゃ酒を飲まなきゃね。障子越しに
女将さんとお客の親しげな会話を聞きながら、
なんだか嬉しくなってしまった。
酒は灘の菊正宗。生のりで、ゆっくり燗酒を二本
空にして、もりで締めた。
店の佇まいもさることながら、
美人の女将さんの接客がいい。
バッグと上着を向かいの座布団に置いたら、
倒れぬように風呂敷をかけてくれた。
目配り気配り好く、気持ちの好い客あしらいを
してもらった。
東京詣での際は、ぜひまた訪れたいことだった。

生のりで菊正を利く師走かな。







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