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エビスを。

南の街の友だちからメールが届く。
所用で松本に来ています。
よかったら軽くビールでも。
思いがけない誘いに、特急しなのに乗り込んで、
松本へ向かった。
以前長野に来たときに、知り合ったのが
きっかけだった。
あれから15年が経つのに、お会いするのは
数えるほどで、
このたびも3年ぶりの再会だった。
挨拶を交わして、アイリッシュ・パブの
OLDLOCKでクラフトビールを酌み交わした。
ひさしぶりの会話のなかで、好きなビールの
話になって、
うかがえば、エビスがいちばん好きという。
好いですねえ。
この頃になって、キリンにアサヒにサントリーが、
定番の、一番搾りにスーパードライに
プレミアムモルツの他に、新しい銘柄を出してきた。
長らく、サッポロをひいきにしていて、
定番の黒ラベルに赤星ラガー、
たまに運良く手に入る、北海道限定のクラシック。
そしてエビスと、どれもが口に合う。
エビスは昔から有る銘柄なのに、
どこでも買えるようになったのは、
いつからだったか。
子供のときの父の日に、エビスを買って、
贈ったことがあった。
喜んでくれると思ったら、なんだこれ?と
父に言われた覚えがある。
あの頃は、ビールと言えばキリンのラガー。
独占禁止法に引っかかるから、キリンの社員は
ラガーを買わぬよう。
そんなお触れが出るほど売れていた。
エビスのエの字も知られていない時代だった。
酒の味を覚えたときに、当時暮らしていた近所の酒屋で、
エビスを売っていた。
気なしに買って飲んだら、そのうまさに驚いた。
アサヒのスーパードライが爆発的にヒットして、
ラガーの牙城をくずして、
各社が負けじといろんなビールを売りだした頃だった。
ひととおり飲んだあと、エビスに戻ると、
やはり旨いなあとなるのだった。
28歳で亡くなった友だちがいる。
病気療養をしていたときに見舞いに行くと、
きまってエビスでもてなしてくれた。
お母さんの手料理でエビスを酌んで、
夏にはほかの友だちにも声かけて、みんなで
花火もしたっけ。
頻繁に買うのは黒ラベルが多い。
身近な酒徒にも、黒ラベルを愛飲しているかたが
少なくない。飲み飽きしない程好い旨味が
好まれる理由かと思う。
友だちが亡くなって、この5月で33回忌。
月日の経つのが早いことだった。振り返れば、
ビールひとつにも、友にまつわる思い出がある。
エビスを飲まにゃああかんなあ。
ビールはエビス。
春からの、ささやかな誓いだった。

亡き友を思いて春のエビスなり。

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