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寒さをやり過ごし。

朝いちばん、近所のおばあさんが薬缶を持って
やって来た。お湯をくれというのだった。
台所の水道が凍ってしまい水が出ない
という。いっぱいに湯を入れて持っていき、
魔法瓶に移したら、再びお湯を入れて
水道の蛇口辺りにかけた。何度か繰り返していたら、
ようやくちょろちょろと出始めた。
客商売をして暮らしている。
訪ねてきてくださるかたはお年寄りが多い。
冬になると、みなさん体をいたわって外出しなくなる。
この冬は、例年に増して寒さがきびしい。
輪をかけて暇な日がつづいている。
訪ね人が一日ひとりだけの日がつづき、稼ぎがない。
1月に飲み屋へ出かけたのは5回だけだった。
なんとも少ないではないか。年が明けてから、
まだ顔を出していない馴染みの店もあり、
申しわけのないことだった。無沙汰をしていると、
いよいよ飲みすぎてぶっ倒れたかと、余計な
心配をさせてしまう。
毎日の気がかりごとなのだった。
休日の昼どき、蕎麦屋のさがやへ出かけた。
やっこの醤油豆和えで、黒ラベルを飲みながら聞けば、
この寒さに、店のトイレと流し場の水道が凍って
しまったという。暖房で暖めたら回復したものの、
窓の隙間から雪が吹き込んできたり、エアコンの暖房が
効かなかったり、困っている。
築何十年の家屋を借りていると、費用もかさんで
しまうのだった。白エビの天ぷらで山形の魔斬を。
そば味噌焼きで、地元の豊賀と宮城の伯楽星を酌んで、
花巻蕎麦で体を温めた。
有明海産の海苔をたっぷりのせた蕎麦は、風味が好く、
まことに旨かった。ゆっくりのひとときを終えて
店を出た。ふと思いついて、すぐそばの青沼酒店に
立ち寄った。
懇意にしている酒造りのかたがいる。
とあるお蔵の杜氏になって、造りを任されているの
だった。買い求めた新酒を利いてみたら、
アルコールが高めなのに飲みにくさがない。
これまでのこのお蔵の老ねた味とちがい、抜群に
旨くなっている。
さっそく造った本人に、しぼりたて旨いです。
おなじ銘柄とは思えない(笑)とラインを送ったら、
ここの設備で出来ることは限られておりますが、
うちも変身しておりますと返ってきた。
立春を過ぎて、陽射しに春のつよさが出てきた。
すでに目鼻に、花粉の飛来を感じている。
冬の終わりが間もなくのことだった。

寒明くや有明海苔の蕎麦を食い。






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