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『父の今際の際に母が放った言葉。そして父の想い。』



『パパ、今まで有難うね、本当に有難う。
 で、パパは?
 パパはママに有難うはないの?』

まだ父が元気な時…
何かの話から、そんな流れになり、
母が父に聞いた。

父のことが大好きな母。
仕事熱心で家に帰らない父の悪口を
生涯に渡って悪く言ったことは一度もない。

自分は女学校しか出ていないから、
陸軍士官学校を出て千葉大学を卒業した父に
本当に申し訳ない。
いつも、そう言っていた。

だから、
ママはあなた達、姉妹を
立派に育て上げなくちゃいけないの、とも。

パパはね、頭が良くて美人な人にモテたの。
自分のことのように自慢をする母。
でも、父は仕事一筋。
植物の研究しか眼中になく、
親友の妹である母と結婚した。




そんな母から
『パパはママに有難うはないの?』と聞かれ…
父は嫌ぁな顔をして応えた。

「そんな簡単なもんじゃないんだよ。」
とうとう“有難う”と一言も言わなかった父。




それから数年あまりが経ち、
父が死の床についた。

まさに意識を失いかける…
イマワの際の父。

意識が遠のく父を見て
付き添う母と私に医者が言った。

『人間の五感の中でも
 最後の最後まで、
 亡くなるまで耳だけは聞こえるんです。
 何か言ってあげて下さい。』

母は泣きながら
好きで好きでたまらない父に向かって
話し始めた。

『パパ、今まで本当に有難う。
 有難うね、パパ!
 パパが居てくれて本当に嬉しかった。
 で、パパは?
 パパはママに言うことはないの?
 ママに有難うは!?』

いやいやいやいや、
もう意識を半分くらいなくしてる人に向かって、
言うかなぁ…

きっと
前と同じで
『そんな簡単なもんじゃないんだよー』って
半分あの世に行きながら
パパはそう思ってるよ。

もうちょっと
しみじみ人生振り返るとか
させてあげても良いんじゃない…
最後の瞬間くらい。

…などと思いながら。

『パパ有難う!
 パパはママに有難うは?』
と泣きながら繰り返す母が
愛おしくて仕方なかった。



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