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ブラック祖母。

幼稚園の頃、大好きだった砂遊び。
ご機嫌に遊んだ夜、左の人差し指が膿んだ。
破傷風だった。

翌日、即病院へ。
爪の処置が始まる時、私を抱えるのは母から祖母に変わった。
おばあちゃん子の私は心強かった。
京塚昌子さんのようにふっくらしている祖母は
いつでも安心感100%だった。

「ベッドに寝かせて顔は処置する手と逆の位置にしてください。こちらを見ない様に。」
このくだり、記憶がある。

とにかく怖がりの私は何も始まらない前から思いっきり泣いていた。
身体も動かせない様につかまえられている。
おばあちゃん、おばあちゃんと連呼していた。

「そんなに泣いていると大きな魚がきて菜穂の足から食べていくよ!」
そんなバカな!助けてよ!
更に大きな声で泣いた。

指の痛さ、処置の痛さじゃない。
今までそんな事を言ったことがない、祖母の言葉が恐怖だった。
そして、想像の中で遊ぶことが好きだった私はさらに最悪の想像を広げてしまった。
ホールドされた足をバタバタして、泳いで逃げていた、つもり。

ボロボロに泣きながら、気がついたら処置は終わっていた。
「大きな魚、来なくてよかったねー。
えらかったねー。頑張ったねー。」

孫の指の処置が無事に終わり、祖母はホッとしたのだろう。
泣き続ける声よりも大きな声で褒めまくった。
えらいね、とか、頑張ったね、と言われるのが苦手な原因はここから始まったのだろう。

その後、孫は大きな魚に食べられるかもしれない恐怖と、いつもと違っていた祖母の事を、そこそこ引きずることになった。


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