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透明人間はいる!

「じゃ、じゃあ、これはどうでしょうか」

テーブルに並べられた写真はもう10枚目になっていた。どれもこれも、いじるにしてもインパクトが薄すぎて編集に手間がかかりそうな代物ばかりだ。

「これは、何が写っているんですか」 

スタッフの白井君は席を外してからもう15分戻ってこない。

「ここ見てください、靴だけ写ってるでしょ。透明人間です。もしくは透明マント。靴が見えてしまってるんですよね。裸足じゃ歩きにくいですから、靴だけ履いてる透明人間なんじゃないかというのが僕の説ですけどね」

「はぁ......二人居るってことですね」

冨永氏は挙動不審な動きと不安そうな表情を初めて和らげ笑顔をつくった。

再来週放送のオカルト番組の小ネタに使う写真を選定するため、打ち合わせを始めてからかれこれ1時間が経とうとしていた。

スタッフの白井君が戻ってきて写真を見て、大きなため息をついたので思わず声量を上げて言った。

「よーし!これでいきましょう!」

白井君が「正気ですか」という顔でこちらを見たが、「どうせネタなんだからなんでもいいんだよ、らちがあかないだろ」という顔で返した。

冨永氏は声を低めて、早口で語りはじめた。

「イギリスの作家H•Gウェルズは薬によって透明になることができる透明人間をフィクションの世界に生み出したが、現実ではナノテクノロジーや光学技術の発達によって風景に溶け込むことのできる衣類も実際に開発されている。

透明人間自体は決してSFだけの存在ではない。まず直感があり、理屈はその後でいい、私はこの透明人間は衣類を着ていないと考える。この土地で聞き込めば、歩く靴を目撃した人がいるはずだ」

突然饒舌になった冨永氏はまた押し黙ると、何かあれば連絡が欲しいと言ってその場を去った。

「自分、ああいうひと苦手ですわ」

白井君が言った。

番組はつつがなく収録を終え、放送も昨今のオカルト再ブームが影響してか、反響はよかった。

文句を垂れていた白井君も、透明人間のためにわざわざ現地へ聞き込みへ行き映像を撮ってくるなどしてよく働いた。

その日、同僚と軽く飲んでから家に帰ると妻も娘も珍しく早くに明かりを消して眠っていた。

「そんなに遅くなったかな」

いつもより早く帰れたが、家族も寝ている。滅多にないことなので、気兼ねなく飲みにでも行くかと荷物を置いて駅前へ飲み直しに行くことにした。

焼き鳥屋で軽くつまんで店を出ると、次の一歩がうまく踏み出せなかった。視界がぼやけてはっきりしないが、そこに何かあるようだった。

避けて行くしかなかったが、はっきりしないものを避けて行くのは気持ちが悪かった。

曲がり角で振り返ると、1組の靴が、どっどっどっ、と音を立ててこちらに向かって走っていた。

先ほどまでの人通りはなぜか嘘のように無くなっていて、大きな男のような気配だけが私の目の前まで迫っていた。

その後の記憶は、ぽっかりと無くなっている。



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