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都庁職員はつらいよ

※この内容は完全にフィクションです。

これで135箇所目だ。

都庁職員となって2年目の私は、今年から都内の違法広告殲滅事業のメンバーに加えられた。繁華街を中心に、電柱や使用されていないシャッターに無断で貼られる広告に対し警告を行うのが私の現在の主な仕事だ。

特に多いのは電柱だが、ガードレールや街路樹も次いでその被害に遭うことが多い。求人広告、不動産広告、迷い猫の捜索、手袋や家の鍵など落とし物がビニールに入れられて直接貼られ「落とし物、お心当たりの方お持ちください」などと示されていることもある。東京都の解釈ではそれら全ては違法である。公道にあるものに勝手に自分の思いを掲載するなど、違法に決まっているのである。次のカーブミラーで136箇所目、寒い、指の感覚が無くなってきた、さっきまで降っていた雨が外の温度を一気に奪ってしまったようだ。

ちなみに、使用するのは油性サインペンである。今時そんな、と思われるかもしれないが、ここがあくまで公道であること、所有者は一個人ではないということをしらしめるためには、紙やテープを用いて広告利用する者に対抗して、油性サインペンで直接物に書いて警告するのが一番なのだそうだ。ペンキよりもずっと手軽だ。

137箇所目となる場所でピンクチラシの貼られたそれを前にサインペンを取り出したとき、突然それは喋り出した。

「おやめなさい」

「え」

よく見れば、それは公道に少しはみ出て立っている、いや、お立ちになられている、地蔵であった。頭にピンクチラシを貼られたそのお地蔵様は私に向かって違法広告殲滅事業の一環である警告行為をやめるように仰られていた。私は動揺したが、マニュアル通りの返答をしようとした。

「突然のことで失礼いたしました。しかし、ここは公道です。一個人の所有物ではありません。だから......」

私は自分の言っていることが要領を得ないことに気がついた。お地蔵様は頭にピンクチラシを貼って公道に立っているだけである。道路に立ったままだからといってどかす権利や、ましてやその頭に何を貼り付けていようがそれを奪う権利、貼り付けるなと警告する権利は私にはない。

「私はこの道がここまで広くなるより100年も前からここに立っていました。私はだれの所有物でもありません。私は私の頭すら自分の物とは思っていません。だから私の頭を利用したいという人がいれば喜んで差し上げるのです」

私は、謝罪してその場を立ち去った。

20年後、私はオリンピック・パラリンピック局にいた。あの地蔵と出会った場所はインバウンド需要に伴い流入した外国人を受け入れる集合住宅が立ち並んでいるはずであった。道路はあの頃よりさらに広くなっているはずだ。

私はその場所へ行ってみた。地蔵は、道路にさらにはみ出す形でそのまま立っていた。地元民が供えたのであろう、様々な国のお菓子や酒がさらに公道にはみ出しており、地蔵の頭には頭巾ともヒジャブとも言えるような布が巻かれていた。

私は2月の寒さに思わずコートを引き寄せて、その場を去った。

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