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野良サラリーマンを逃した

野良サラリーマンを逃してしまった。彼を見つけたのは昨晩だ。コンビニの前で横になっていたところを通りがかりのおじさんにいじめられていたので助けたのだ。おじさんはこちらが傘を振り上げると走って逃げていってしまった。

「もうつかまるんじゃないよ。ここは危ないからあっちへ行くんだよ」

 どうやら彼はこちらの言葉がわかるようで名刺入れから自分の名刺を渡してきた。でも私が受け取る前に引っ込めて気まずそうにした。野良だから、いろいろあるだろうと察してそのときは何も聞かなかった。そのまま帰ろうとすると、ついてくるので困ったと思いながらもまあ尻尾こそないにすれ、ちょっとかわいいなと思って追い払いはしなかった。玄関までくるとさすがにそこでじっとしていたが、翌朝はまた雨の予報だったし一晩くらいならと母親に頼んでみようと思った。

「信じられない、家に来る前に警察に届けるとかなんとかしなかったの?もう30代半ばくらいじゃない。噛まれたらどうするのよ。」

 そうか、考えていなかった。噛まれたらどうしよう。見たところ大人しそうだけど、お腹が空いたら噛むかもしれない。噛まれたら大変だ、お腹が空く前に何か食べ物をあげないと。

 私は家へ彼を招き入れるのは諦め、玄関の前でカップ麺と缶チュウハイをあげた。私も一缶あけた。明日は日曜日だ、会社も休みだろう。私は彼が目覚めた時にここがどこだか忘れてうっかり慌てて逃げてしまわないようにそのネクタイを電柱へ結びつけた。彼もその意図がわかったようで、大人しく応じた。

 朝になって、歯を磨いて、トイレに行って、手を洗って、顔を洗って、軽く着替えて、玄関を出ると、彼は居なくなっていた。少し、憎らしいと思った。


※よく見ると畳のヘリでした

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