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透明の住宅地

知っている人は少ないが、この街には透明の住宅地がある。
雑居ビルに挟まれた雑草も生えてこない、砂利だらけの地面の硬い空き地。ここには透明の住宅と、そこに暮らす人たちがいる。

ある夏の日、私が暑さに朦朧となりながらその街を歩いていると、道に横たわる人に行き合った。酒を飲んで伸びているようであった。通り過ぎるのには嫌な感じがした。声をかけようか迷っているうちにその人は起き上がり、私に気がつかないような素振りで、例の空き地へ入っていった。そして、その人の姿は消えてしまった。

それから、その人たちは私の前に姿を現すようになった。というよりも、私の前で空き地の中へ消えていく姿を幾度も見せるようになった。

最初に見たのは50代ほどの男性だったが、次に見たのは子供、その後の順番は記憶が定かではないが、老婆であったり高校生くらいの男子であることもあった。実にさまざまな人が暮らしているようだ。

人々は、普通に仕事へ行き、飲みに行き、学校へ通っているようであった。ただ、その住宅は透明で、中へ入れば人も透明になるようであった。
街の人はほとんどこのことに気がついていないようだ。私にはそのことが何より不思議であった。

プール帰りの少女が二人、ロープにタオルを干して家へ戻っていった。タオルだけが挑発的に姿を見せたまま不自然に風に吹かれているが、道行く人は気にも留めない。

私は酒が飲みたくなって、駅前の酒場に向かった。

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