入院生活はつらいよ。

前回、浪速のアルピニスト(自称)が2階からダイハードして骨折→入院する羽目になった話をしたけれど、今回は入院生活の話を。

骨が折れたあの日、緊急搬送で病院に運ばれた。救急車の中では折れた足の状態を診てもらうことに。ただ、痛みでおばあちゃん(真田丸大好き)に就職祝いで買ってもらったスーツがとても脱げない。すると緊急隊員がハサミを取りだし「これ切っちゃいますね!」とおばあちゃん(大アマゾン大好き)に買ってもらったスーツをチョキチョキしてくれた。慣れているのか、一切の躊躇なく、もはやゴロリと工作を楽しんでるワクワクさんばりの手つきでスーツを真っ二つに。救急車の中では心の中でおばあちゃん(プロフェッショナル~仕事の流儀~大好き)に謝り続けた。

大アマゾン

病院に着くなり、救急病棟に運ばれレントゲンで骨の状態を見てもらった。どうやら骨の折れ方が複雑なので、入院・手術が必要とのこと。とりあえず応急措置をしてもらい、そのまま入院することに。手術は2日後となった。

骨折なので通常は整形外科病棟に入院するのだが、整形外科病棟がいっぱいらしく、消化器内科病棟で入院することに。共同病室で周りは70~90才の鼻や口にチューブを着けたご年配ばかり。ここで9日間の入院生活を過ごすことになったのである。

消化器内科の洗礼は早くも入院2日目にして訪れた。それは朝食の時。想像以上に味気のない鮭の塩焼きを食べている最中だった。

「おええぇぇえ!!!おえええぇぇぇえ!!ヴヴヴ!おえええ!」

病室中から嗚咽が響きわたる。これが消化器内科の食事の日常である。胃や食道が悪いご年配たちにとっては、味気のない鮭の塩焼きすら嗚咽必死の劇物だ。しかし、日本の貧しい時代を知る彼らは出されたものを忠実に口に押し込むのである。とくに鼻と腕にチューブをぶっ指してる茂男さん(仮名)の嗚咽は凄まじく、本家TUBEの前田さんのボーカルに勝るとも劣らない声量(シャウト)を聴かせてくれた。この嗚咽フェスは、1日3回、退院するまで続くことになり、入院生活で最もストレスを感じさせられた。

TUBE

入院生活3日目、足の腫れがひいてきたので予定通り手術をすることになった。手術は、斜めに折れてしまった骨にチタンプレートを添えてドリルドライバーで釘を差し固定するというDIYみたいなもの。下半身麻酔だったので手術中はドリルで自分の骨に穴が空けられる音を延々と聞かされた。

下半身麻酔は患部だけではなく、下半身全体を麻酔する。これがやっかいで、腎臓や膀胱の機能もストップするのでおしっこが垂れ流しになってしまう。それを防ぐのに麻酔がかかった直後に尿管に管を通しておしっこを尿袋に溜めておく。もちろん、麻酔が効いているので管を入れるときは全く痛みを感じないのだが、問題はその管を抜くときである。

以下、比喩表現が過剰になります。ご注意ください。

術後24時間後くらいにアンジェラ・アキ似の看護婦が現れ、笑顔でヤシマ作戦(尿管から管を抜く作戦)が決行された。第3使徒アンジェラが僕の初号機に挿入されたロンギヌスの槍を引き抜いていく。第3使徒アンジェラがロンギヌスの槍を持ったその瞬間に人生で感じた事のない痛みを感じた。

開く全身の汗腺。こだまする痛覚。ほとばしる熱いパトス。反射によって反り返る背骨。

今まで感じた事のない、内からの痛みが初号機を襲う。どれくらい痛いかというと、管を抜く時間は3秒くらいなのだが、体感では8時間くらい。うちはイタチの万華鏡写輪眼で月読(ツクヨミ)をかけられた、はたけカカシ状態(KC16巻参照)なのである。

アンジェラからの攻撃が終わるとともに初号機は冷却状態に。兵十に撃たれたごんぎつねのような姿であった。

嗚咽フェス、DIY手術、ヤシマ作戦、など数々の困難に立ち向かった9日間。精神的、肉体的にもかなり苦しめられた。手術で取り付けた右足のチタンプレートは雨が降るとまだ存在感を見せてくる。気圧が下がると「Baby boy わたしはここにいるよ…」とチタンプレートの痛みが右足を襲うのだ。

このチタンプレートを取る手術が年末に待っている。

また下半身麻酔をしなくてはいけない。

そして、またヤシマ作戦が決行される。

ミサトさん、僕は、もう手術台に乗りたくないよ。

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