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『ドミニク・チェン『未来をつくる言葉』文庫版感想戦! ドミニク・チェン × 渡邉康太郎 トークイベント』まとめ

はじめに

2022年10月2日(日)、青山ブックセンターで開催された『ドミニク・チェン『未来をつくる言葉』文庫版感想戦!ドミニク・チェン × 渡邉康太郎 トークイベント』の備忘録。

ドミニクさんの著書『未来をつくる言葉』の文庫化にあたり、表紙の装幀と解説文の寄稿を担当した渡邉さんと繰り広げられた感想戦から、印象に残ったエピソードを綴る。

感想戦の幕開け

「感想戦」という名づけは、将棋に由来する。そんな渡邉さんからのイントロでイベントは開始する。

一般的に、将棋は全ての情報が盤面に存在することから「完全情報ゲーム」と捉えられる。しかし、実際は相手棋士の心理までは読むことができないという意味では、「不完全情報ゲーム」と言えるのではないか。さらには、この「不完全情報ゲーム」とは、あらゆるコミュニケーションに当てはまるのではないか。

文庫版の出版にあたり、感想戦のようにお互いの思考の軌跡を辿るような対話・共話が繰り広げられる。

年表「?-logue」

冒頭、渡邉さんが、ドミニクさんとのこれまでの接点を年表「?-logue」としてまとめたスライドを投影する。デザイン的な見やすさはもちろん、このスライドがあることで、話に背骨のような軸が生まれる。記載の出来事は以下の通り。

2018年

  • Forbes JAPANのSantos de Cartierインタビュー

水口哲也さんとともに、「時代を超えて愛されるクリエイティビティの条件」と題して談論風発が繰り広げられる。

2019年

  • Takram Radioの初回ゲスト出演

  • 『コンテクストデザイン』出版

渡邉さんからドミニクさんへ、時間の測れない砂時計「Inscriptus」を贈った際のエピソードが記載される。

2020年

  • 『未来をつくる言葉』出版

出版イベントを予定していたものの、コロナの影響で中止に。

  • 本屋の歩き方 vol.1 渡邉康太郎 + ドミニク・チェン 青山ブックセンター本店 2020年3月25日

出版イベント中止を受けて、こちらの動画を収録。

2021年

  • Takram Radio再出演

ドミニクさんが21_21 DESIGN SIGHTでの「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」のディレクターを務めたタイミングで再出演。

2022年

  • 『未来をつくる言葉』文庫化

渡邉さんが表紙の装幀と解説文の寄稿を担当し、今回の感想戦に至る。

初めての体験の言語化

ドミニクさんの文章に対して、渡邉さんから以下のようなコメントが語られる。

「正解を見れば納得感があるのだが、自分では至れない境地である。」
「まさに言い得て妙の文章。」
「『未来をつくる言葉』においては、自身の初めての体験の感覚をありありと言語化していることがすごい。」

初めての体験の感覚を鮮明に覚えるための方策・秘訣は何かという渡邉さんからの問いに対して、幼稚園または小学校時代に、延べ50か国ほどの人々が出入りする環境に身を置いていたことから違和感が生まれやすかったのでは、と返す。外に出るたびに、高揚感と心細さが常にあったという描写。

また、古い感覚とつながることで感情移入できることがある、ともドミニクさんは答える。当初は印象的な体験になっていない"かすり傷"のようなものごとも、本を書くプロセスにおいて思い出されることもあるという。意識的にアウトプットをすることで、無自覚だったインプットを自覚できるという指摘には納得。

歴史も、古い時代となり絶対的な距離が遠いほど、発見としては新しいものになる。朝吹真理子さんは、「反芻するたびに何回も今が起きる」と表現するという。

また、伊藤亜紗さんの『どもる体』を引き合いに出し、吃音の影響で発するタイミングが失われた作品たちの屍が"Unbuilt Joke"として体内・脳内に積み重なり、「クオリア中」「違和感中」として保持されることが体験の言語化ともつながるのでは、というドミニクさんならでは新鮮な仮説。

クオリア:個体のなかで主観的に立ち現れる感覚意識体験のこと

『未来をつくる言葉』文庫版 P.28

装幀の感想戦

ここでは、貴重な情報の公開が続く。

5月末

5月末のとある日、「コタさん!」から始まるドミニクさんのメッセージで、当初は装幀のみの依頼が送られる。

6月頭

その1週間ほど後、新潮社の担当者も踏まえた打合せ。残り1分となった段階で、ドミニクさんが解説文についても駆け込みで依頼をする。渡邉さん自身も、誰が解説文を担当するのかは気になっていたと言うが、突然の打診から1分後には承諾するという英断。ドミニクさんが、正直、当初から解説文も依頼しようと思っていたものの、なかなか言い出せなかったことを素直に謝るくだりで会場に笑いが起きる。

この時、2人を含める私的読書会「発酵文学研究会」において、吉田健一の『金沢・酒宴』を題材とし、渡邉さんが作成したプレゼン資料のスライドが一部公開される。その精度に驚嘆し、美しい読みと言語化スキルの高さに惚れていたこともあり、今回の依頼に至ったとコメントするドミニクさん。渡邉さんは、普段の仕事では使わない脳でもある、と謙遜するが、常に膝にiPadを抱えて貪欲に学び続ける姿勢には感服する、とドミニクさんは言う。

6月下旬以降

6月下旬、神楽坂の新潮社クラブで、初期アイデア展開の打合せが行われる。ここでは、日常の異化/馬/娘/スケッチ/多言語/マーキング/円環など、モチーフとなる語句がピックアップされた。また、本文の抜粋というアイデアはその段階から含まれていたとのこと。ドミニクさんが「円環」の視点に合致するという指摘をした際、渡邉さん自身は無自覚だったものの「…そうです!」と回答したという。

抜粋の箇所については、最終的に記載された部分が、当初から選ばれていたとのこと。サブタイトルの「わかりあえなさをつなぐために」を端的に表している描写であり、変わることはなかったという。

イラストについては、以下のような意味付けが語られる。

  • 吹き出し内部の直線と波線は、言葉の違いを表現。

  • 「?」と「!」は、共に在る場をイメージ。

  • 結び目は、一重継ぎ(シート・ベンド)という結び方であり、異なる太さ・素材を結びつける際に適切というところからの着想。

その他、改行・文字間のレイアウトやフォントの詳細など、貴重な検討段階の裏話が多数。

解説文の感想戦

渡邉さんは当初、カンディンスキーのものとされる"To create a work of art is to create the world."という言葉を採用したかったが、出典が見つからず断念したという。文献調査をしたものの、最終的には、グッゲンハイム美術館での回顧展の際に、来場者の言葉として記載されたものが近しいのでは、という結論に辿り着く。

ドミニクさんは、新潮社の校閲部からは出典を劇詰めされることを冗談めかして嘆く。一方で、「著者」という概念への違和感を語り、出版社および校閲部の担当の方とともに書き進めているという感覚を通した感謝を述べる。

マルジナリア返し

山本貴光さんの『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』に着想を得て、渡邉さんの解説文に対して、ドミニクさんからの「マルジナリア返し」がなされる。実際の著書内部の文章を表紙に記載するという装幀は、この書籍とも共通する。

マルジナリアとは、「本の余白に書き込まれたもの」のこと。書内の記載にあるとおり、仮に、本が作成された状態を「第一形態」とするのであれば、マルジナリアを施された状態は「第二形態」と言える。つまり、『未来をつくる言葉』の表紙は、まさにこの「第二形態」の状態である。

ドミニクさんが特に着目したのは、『未来をつくる言葉』文庫版のP.245にある「本書の言葉を借りるのならば、本に何かを書き込むということは、書き手と読み手の「共話」の場をつくることだ。」から始まる文章。さらに、末尾の「苗床」という記載には三重丸が記される(!)。

ドミニクさんによると、能では「日常を溶かす」ことが説かれるそうである。しかし、「これは自他の境界が曖昧になるような溶け方ではない。」という渡邉さんの文章から、境界が溶けるのではなく交わる場が生まれるのだという概念の萌芽を得た、という。

渡邉さんも、今回の担当を通して、もともと好きだった本書について、実際に自分ごと化されたことへの喜びを語る。

お礼のデコレーションケーキ

ドミニクさんから渡邉さんへのお礼として、デコレーションケーキのお店Honey Moon Villageに依頼し、表紙の装幀をケーキにしてもらったという。その再現性の高さに驚いたエピソードが紹介され、感想戦は終局を迎える。

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