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【トーハク】呉昌碩から書という芸術を学ぶ(4)


東京国立博物館の東洋館 8室では、2024年1月2日(火) ~ 2024年3月17日(日)まで、 「生誕180年記念 呉昌碩の世界—金石の交わり—」が開催されている。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2638
書を観るのはとても難しい。
そして毎回思うことだが、自分がここから何を得ているのだろう。
この展示物をきっかけにインプット&アウトプットを試みたいと思う。


これまで学んだこと

呉昌碩の生涯を追って

呉昌碩の作品は30代から

呉昌碩は幼少期に父の呉辛甲(ごしんこう)のもとで読書をはじめ、私塾に通い勉学を積んだ。太平天国の乱により17歳から21歳までは放浪し、凄惨な生活を強いられた。太平天国の乱後も貧困に苦しみながら、三十代からは金石家や収蔵家の支援を受け、古書や書跡、拓本、古印、彝器などを鑑賞し、見識を広めた。

40代~60代の呉昌碩

40代から50代の書画は試行錯誤の段階にあり、素朴な魅力を遺している。注目すべきは、書も画も、筆法に石鼓文の筆意を取り入れている。56歳で江蘇省安東県令(知事)の職を得るも腐敗した官界に耐えられず1ヶ月で辞職した。その後は書画篆刻で生計を立てることとなった。
60代には独自のスタイルが確立されはじめ、この頃から上海を中心とした活動が多くなった。

70代、80代の呉昌碩

70代の書・画・印は、最高の境地に達する。
80代になるとは、老練の粘く、深い意味を含んだ筆致と、何ものにもとらわれない闊達さに特徴がある。

【参考サイト】

呉昌碩とその時代 https://www.tnm.jp/uploads/r_press/194.pdf

呉昌碩の世界 https://www.tnm.jp/uploads/r_press/293.pdf


今回の「生誕180年記念 呉昌碩の世界—金石の交わり—」は、東京国立博物館・台東区立書道博物館の連携によるものだ。
色々調べてみたら数年に一度こうした呉昌碩の企画展が行われていることが分かった。

今回の企画については、この動画が分かりやすい。(13:59)

ちなみに、トーハクでは三部構成の陳列になっている。
第1部「呉昌碩前夜」
第2部「呉昌碩の書・画・印」
第3部「呉昌碩の交遊」

2/14から後期の作品が陳列されているので、再訪問の予定。
今日はここまで。

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