見出し画像

脱炭素政策を急ぐな!!

      ー老科学者の遺言(1)ー           

カーボンニュートラル政策

 日本は2050年に炭酸ガスの排出をゼロにするという、いわゆるカーボンニュートラルを実現することを前菅政権が国際的に約束した。これを受けて 経済産業省は先日第6次エネルギー基本計画を策定した。この計画では、2030年には炭酸ガスの排出量を2019年と比較して46%、できれば50%減を目標にしている。日本のエネルギーの総需要は石油換算で約350百万キロリットル(2018年) であり、まず2030年には省エネルギーを徹底してこの約80%程度の需要にする。エネルギー需要の約30-40%は電力によってまかなわれるが、この発電のための化石燃料すなわち天然ガス、石炭、石油などによる比重を下げて、再生エネルギーの比重を現在の10%から36~38%に上げることを目指している。ただし、原子力発電については現在と同様に20%という見込みのままである。これにより炭酸ガスを排出量を2019年と比べて約半分にするという。地球温暖化防止ということから世界の潮流にかなり無理をして合わせたということになる。また、前菅政権は今年の施政方針演説で2035年には、新車はすべてEV車にしたいということも明らかににした。
 もちろんこれらの施政方針が現在の原油の高騰、天然ガスの不足、中国の石炭不足による深刻な停電の直接的な原因になってるわけではないと思うが、脱化石燃料に国が舵をきれば民間は当然この分野の産業に新たな投資を控えることになる。したがって設備投資も技術開発も行われなくなる。
 世界における日本の炭酸ガス排出量はわずかに3.8%(2018年)に過ぎない。中国や米国が排出制限をしない限り、日本がすべての炭酸ガスの排出しないといっても世界の態勢にはほとんど影響がないのである。しかし、この方針や国際的な約束は日本の経済成長はもちろんのこと私たちの社会生活にとっても大きな影響を及ぼすことになることが明らかであり、一政権が十分な議論もしないままにこのような政策目標を決定していいのかと疑問に思う。

日本経済や社会生活への影響

 石油の需要は1991年の最大の時と比べると現在では約30%以上減っている。かつて、重油を利用してきた火力発電所が天然ガスに切り替えが進んできたからである。石油というのは非常に多彩な役目を持っており、石油を精製することで多くの製品が生まれる。必ずしも特定の製品だけができるわけではなく、沸点の違いで、ナフサやガソリン、軽油、ジェット燃料、灯油、軽油、重油、潤滑油などが自動的に出来てしまう。仮に、2035年に新車はすべてEV車に変わることになれば、石油精製製品の約30%を占めるガソリンの需要は激減することになり、ほかの製品も同じ割合で減ってしまう。そうなれば、軽油を燃料とするジーゼル機関で動トラック、バス、建設機械、農業機械の稼働も十分には出来なくなる。もちろん、航空運賃も上がるだろうし、暖房用の灯油もできなくなれば北海道では冬は過ごせないようになる心配がある、というようにこの方針はあまりにも短絡的な決定である。
 車載用の電池に容量と重量に飛躍的な進化があれば、ジーゼル機関をモーターに置き換えることはできる。暖房機能が強化されたエアコンがあれば灯油の必要はなくなるかも知れない。とりあえず、石油製品を燃料として使っている限りはカーボンニュートラルの達成は難しくなるので輸送機関や産業用ボイラーなどをどうするのかということは確かに将来は考えなければならない。ひとつの方策として、水素燃料があれば問題がないという人もいるが、水素を製造するためには、現実的には天然ガスを利用するか電気分解法しかない。前者は水素製造の過程で炭酸ガスを発生するし、吸熱反応であるからエネルギーも消費する。後者は大量の電力を必要とする。また、水素燃焼で動く内燃機関は新しく開発しないとならない。結局、水素を燃焼して電力に変える、いわゆる燃料電池にしてモーターを動かす方法になってしまう。電力を使って水素にしてまた電力に変えるということは、変換の度に効率が落ちてしまうことを考えればあまり賢い方法とはいえない。天然ガスにアンモニアを混合して燃焼し発電することが基本計画中には記載されている。確かに発電による炭酸ガスは減少するが、アンモニアの製造にはやはり天然ガスから炭素を除く必要があり、この製造で炭酸ガスが発生するので全体としては炭酸ガスの減少とはならない。(天然ガスの豊富な地域から水素やアンモニアを輸入するということも考えられている。確かに、このようにすれば日本の炭酸ガス排出量は減少するが、世界的な環境問題としてはあまり変わらない。)

化学製品の原料としての石油と天然ガスの価値
  燃料としての石油は豊富で安価な電力があれば、蓄電や送電などには技術開発も必要だがほとんど電力で代替えが効く。しかし、化学製品原料としての石油成分のナフサや天然ガスは必要にして不可欠なものである。化学肥料はこれらを原料としてアンモニアを合成し、そのときできた炭酸ガスを使って尿素を製造する。ナフサや天然ガスがあれば炭酸ガスを排出しない閉鎖システムで化学肥料を製造できるきわめて完成した技術となっている。残念ながら、化学肥料そのものの価格が安いため、日本ではナフサや天然ガスを使っては原製品価格値と引き合わないという経済的な理由から、すべて化学肥料の製造は海外に移っている。
 ナフサそのものは石油を蒸留したときのガソリンや軽油製品の製造においてやむを得なく余剰で排出される成分である。ナフサを製造するために石油精製プラントが動くわけではないので、ガソリンや軽油が不要となれば、当然ナフサもなくなる。ナフサからはプラスチック、合成繊維、合成ゴムなどの付加価値の高い製品が製造されている。
 プラスチックは海洋汚染のもとになることで材料としては現在はアゲインストの風が吹いているが、この材料はすで電子材料、機械材料、建築材料、包装材料など様々な用途に使われている。プラスチックはその軽さか成形のしやすさ、腐食しないなどの利点から金属や木材などの天然材料に替わって使われてきただけあって、プラスチックがなくなってしまうとまた昔の材料に戻る他しかできなくなる。たとえば、ペットボトルや包装材料がなくなってしまうと今の物流は不可能になる。スーパーマーケットもコンビニエンストアも営業できなくなる。また。半導体もできないからEV車に転換しても動くわけがない。塗料も接着剤も製造できなくなる。また、合成繊維であるナイロン、テトロン、アクリルなどが消えれば、天然の木綿や羊毛に頼らざるを得なくなり、暮らしは戦前のスタイルに戻る。再生セルロース(レーヨン)の製造技術は失われてしまったので、もっとひどくなるかも知れない。いかに我々の生活が石油、しかも余剰生産物のナフサに支えてもらっているかを考えれば、脱石油、脱天然ガスなどについてはもっと慎重に話をすすめてもらいたいと思っている。

カーボンニュートラルとエネルギー基本計画に対する提言

1)石油、天然ガスなどの化石資源はエネルギー源として利用されているが同時にいろいろな化学製品の原料となっていることを考慮すべきである。
2)脱炭素の実現のために現状の化石資源を急減することはないと記載されているが、この方向に舵を切れば技術開発、設備投資などが減ることは目に見えている。もちろん、人材もいなくなる。
3)この例として、石炭化学などはもうすでになくなったが、今後、石油化学などもなくなれば日本の化学技術は瀕死の状態となる。
4)エネルギーだけでは、化石資源全体を有効に活用するために、もっと人智を集めるべきである。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?