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てぶくろはこわいぞ

               



 「素敵な一人っ子エピソード」に応募します。
この話は、ずいぶん昔ホームページに掲載したものでしたが、いつ書いたかは忘れていました。
息子のなががこれを読んで恥ずかしかった、と頭を掻いていたのを覚えています。
この一人息子「なが」は現在58歳で女の児(10歳)の父親です。
                           鳴沢 湧

ながちゃんは2歳の男の子です。お父さんが勤めている会社の新しい工場を、本社から遠くはなれた田舎に作るために引っ越してきたのです。
工場の建物だけはできているのですが、まだ仕事は始まっていません。
お父さんはその準備で忙しいのです。

その日もお父さんは建物の周りを整地したり草を刈ったりして、忙しくはたらいて、ひと休みしようと工場敷地内の、ながちゃんたちが住んでいる社宅に入ろうとすると、ながちゃんが駈けてきて、

「お父さん、怖いよ、怖いよ。手袋が落ちているよ」と言いました。
お父さんは、
「その手袋になに何か入っているのか」
と訊きました。
「入っていないよ。手袋が怖い」とながちゃんは言います。
お父さんは心配になって、
「その手袋どこにあるの」と、ながちゃんを促して見に行きました。それはお父さんが草刈りにつかって、忘れて置き去りにしたものでした。
長いこと土の上にあったのでよごれて、土と同じ色になっていました。

ながちゃんが指差す手袋を見て、お父さんは不思議そうに言いました。
「お父さんが草刈りに使った手袋じゃないか。どうしてこれが怖いの」
お父さんには、ながちゃんが怖がる理由が理解できませんでした。
ながちゃんは、
「手ぶくろはね、指があるからこわい」と言いましたが、やっぱりわかりませんでした。

(推理小説大好き人間のお父さんは、手袋に手が入っているのか、バラバラ事件かも?とおもったのです)
お父さんは社宅に帰って、お茶を飲んでからちょっと横になりました。
疲れていたのでそのまま眠ってしまいました。そして夢を見ました。
夢の中で、ながちゃんがさっきの手袋に、そーっと近づいていきます。近くまで行ったとき手袋が、むくむくっと起き上がりました。
みるみる大きくなって、お父さんくらいになりました。

親指が前に出てそっくり返って、恐ろしい声で言いました。
「ながちゃん、ついてくるのだ。ぼくらの宇宙へつれていってやる」ながちゃんは真っ青になって口も利けません。金縛りのようになっていると、人差し指が首を上下に振りながら、
「来い来い」と、促します。ながちゃんは声も立てず、ふらふらとついてゆきます。
お父さんは、
「ながちゃん、行っちゃだめだ。帰ってきなさい」と叫ぼうとしたのですが、声が出ません。追いかけようとしても、足が動きません。大声で叫んだとたんに目がさめました。

そのときお母さんが、
「お父さん、ながちゃんがいないのよ。どうしたんでしょう。早く探して」と、心配そうに言いました。
お父さんは、生い茂った草の陰で遊んでいるんだろう。と思ったのですが、さっきの夢が気にかかります。
急いで手袋のところへ行ってみましたが、手袋はそのままでした。

そこは新しい工業団地で、操業している工場が飛び飛びに4ヶ所ありました。お父さんはその工場の人にも頼んで探してもらいましたが、ながちゃんは見つかりませんでした。

お母さんは心配で心配で立ってもいられないほどでした。お父さんは、バイパスの向こうまで探さなければいけないかな、と思いました。
ついこの間、ながちゃんがテレビを見てから、
「お父さん、宇宙ってどこにあるの」と聴くので、説明に困って、
「ながちゃんはどう思うの」と、訊き返したのです。
するとながちゃんは、
「バイパスの向こうかなあ」と言ったのでした。
それを思い出して、手袋が連れて行った宇宙ならバイパスの向こうか、と思ったのでした。

お父さんが自転車を引っ張り出して、探しに出かけようとしているときに、ガス屋(プロパンガス)の八木さんの車がきました。
八木さんは、
「お宅の坊やが一人でバイパスの向こうにいたものですから」と言って、ながちゃんをつれて来てくれたのでした。

その少し前の日にお父さんが、
「今日八木さんが来る」と言ったのを、ながちゃんが、
「山羊チャンが来る」と勘違いで楽しみにしていたのを話して、大笑いしたことがあったので、八木さんはながちゃんを知っていたのでした。

お母さんは、
「どこへ行っていたのよ。ほんとに心配したんだから」と言うと、ながちゃんの頭を拳骨で「ゴツン」とたたきました。
ながちゃんは大きな声で、
「あーん」って、泣きました。すると、お母さんはもっと大きな声で、
「わーん」って、泣きました。

お父さんは、
「やれやれ」と言いました。

後でながちゃんが、お父さんにそっと言いました。
「手袋は怖いよ。指があるんだから」

2002.12.21


この話を教会の若い友人に初めて男の子が生まれたというので、
「子供はこんなにかわいいよ」と添付メールで送ったのでした。

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