見出し画像

てぶくろはこわいよ

手袋はこわいよ
                           鳴沢 湧
 
 ながちゃんは2歳の男の子です。お父さんが勤めている会社の新しい工場を、本社から遠くはなれた田舎に作るために引っ越してきたのです。
 工場の建物だけはできているのですが、まだ仕事は始まっていません。
お父さんはその準備で忙しいのです。
 その日もお父さんは建物の周りを整地したり草を刈ったりして、忙しくはたらいて、ひと休みしようと工場敷地内の、ながちゃんたちが住んでいる社宅に入ろうとすると、ながちゃんが駈けてきて、
「お父さん、怖いよ、怖いよ。手袋が落ちているよ」と言いました。
 お父さんは、
「その手袋になに何か入っているのか」と聴きました。
「入っていないよ。手袋が怖い」とながちゃんは言います。
 お父さんは心配になって、
「その手袋どこにあるの」と、ながちゃんを促して見に行きました。
それはお父さんが草刈りにつかって、忘れて置き去りにしたものでした。
長いこと土の上にあったのでよごれて、土と同じ色になっていました。
 ながちゃんが指差す手袋を見て、お父さんは不思議そうに言いました。
「お父さんが草刈りに使った手袋じゃないか。どうしてこれが怖いの」
お父さんには、ながちゃんが怖がる理由が理解できませんでした。
 ながちゃんは、
「手ぶくろはね、指があるからこわい」と言いましたが、やっぱりわかりませんでした。
 お父さんは社宅に帰って、お茶を飲んでからちょっと横になりました。疲れていたのでそのまま眠ってしまいました。そして夢を見ました。夢の中で、ながちゃんがさっきの手袋に、そーっと近づいていきます。近くまで行ったとき手袋が、むくむくっと起き上がりました。みるみる大きくなって、お父さんくらいになりました。
 親指が前に出てそっくり返って、恐ろしい声で言いました。
「ながちゃん、ついてくるのだ。ぼくらの宇宙へつれていってやる」ながちゃんは真っ青になって口も利けません。金縛りのようになっていると、人差し指が、首を上下に振りながら、
「来い来い」と、促します。ながちゃんは声も立てず、ふらふらと付いてゆきます。
 お父さんは、
「ながちゃん、行っちゃだめだ。帰ってきなさい」と叫ぼうとしたのですが、声が出ません。追いかけようとしても、足が動きません。大声で叫んだとたんに目がさめました。
 そのときお母さんが、
「お父さん、ながちゃんがいないのよ。どうしたんでしょう。早く探して」と、心配そうに言いました。
 お父さんは、生い茂った草の陰で遊んでいるんだろう。と思ったのですが、さっきの夢が気にかかります。急いで手袋のところへ行ってみましたが、手袋はそのままでした。
 そこは工業団地で、操業している工場が飛び飛びに、4ヶ所ありました。お父さんはその工場の人にも頼んで探してもらいましたが、ながちゃんは見つかりませんでした。
 お母さんは心配で心配で、立ってもいられないほどでした。お父さんは、バイパスの向こうまで探さなければいけないかな、と思いました。
 ついこの間、ながちゃんがテレビを見てから、
「お父さん、宇宙ってどこにあるの」と聴くので、説明に困ったお父さんは、
「ながちゃんはどう思うの」と、聴き返したのです。
すると、ながちゃんは、
「バイパスの向こうかなあ」と、言ったのでした。
 それを思い出して、手袋が連れて行った宇宙ならバイパスの向こうか、と思ったのでした。
 お父さんが自転車を引っ張り出して、探しに出かけようとしているときに、ガス屋(プロパンガス)の八木さんの車がきました。
 八木さんは、
「お宅の坊やが一人でバイパスの向こうにいたものですから」と言って、ながちゃんをつれて来てくれたのでした。
 その少し前の日にお父さんが、
「今日八木さんが来る」と言ったのを、ながちゃんが、
「山羊チャンが来る」と勘違いして、楽しみにしていたのを話して、大笑いしたことがあったので、八木さんはながちゃんを知っていたのでした。
 お母さんは、
「どこへ行っていたのよ。ほんとに心配したんだから」と言うと、ながちゃんの頭を拳骨で「ゴツン」とたたきました。
 ながちゃんは大きな声で、
「あーん」って、泣きました。すると、お母さんはもっと大きな声で、
「わーん」って、泣きました。
 お父さんは、
「やれやれ」と言いました。
 後でながちゃんが、お父さんにそっと言いました。
「手袋は怖いよ。指があるんだから」
                2002年12月 記

もっと古い記事でしたが、ホームページに記載した日が2002年だったのでした。


この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?