灯り ともる

「ササキー、帰りの電車で私のお供、頼んだよ」

赤らんだ顔でそう言う先輩を見ながら、自分の心に【何か】が生まれるのを感じた。酔った先輩を送り届けるくらい、造作もないことだ。わたしは「わかってますって」と返事をする。【何か】になんと名付けようかと思いを巡らせながら。

半期ほど費やして取り組んできた案件に一区切りがつき、プロジェクトチームのメンバーと、そのほか関係者に声をかけ、休日の昼からBBQをした。
会社として着実に成果を出したいプロジェクトで中堅社員が多数配置される一方、若手社員が経験を積む場としても捉えられていたようだ。そうでなければ「気づいたら入社3年目」みたいなわたしがここにいるはずもない。

入社当初から面倒をみてもらっている先輩がチームにいるのは心強かった。
「今回の案件はわたしも自分のことで手一杯になるからね、しっかりしなよ!」と言われたものの、結局困ったときはいつも助けてもらった。泣き言に付き合ってもらおうと思ったら、先輩もわたしも飲みすぎて、ぐちゃぐちゃのまま帰った日もあった。
この半年での記憶は濃密で、できればなかったことにしたいこともたくさんありつつ、先輩の存在があってこその今だと思う。そんなわたしの心境を、先輩はうすうすでも勘づいているのだろうか。

BBQが落ち着いたところで一次会は終了。家庭もちの人たちが「また飲みましょう」「ありがとうございますー」と口々に帰っていく。独り身で時間をもて余しているわたしはもちろん二次会へ行き、三次会へ行き、ずいぶんと愉しく飲んだらしい先輩を横目に他のメンバーを改札で見送った。

「電車乗るの、大丈夫そうですか?」
「今日は大丈夫。でも途中まででいいから送ってよ?」
「全然いいですよ、それくらい。キツかったら言ってください」

人もまばらな車内で隣どうし座って、ぽつりぽつりとお互いが喋りたいときに喋る。電車の揺れと、気だるい空気が妙に心地よい。ふと、先輩とこうやって二人きり、リラックスした状態で話すのはいつぶりだろうかと思った。

「そういやさ、一年前と比べてずいぶん顔つきがいいよね。やっぱりあのときはキツかったの?」
「……よく見てますね。今の方が断然忙しいですけど、あのときは違うとこでしんどかったんだと思います。だいぶ自然に働けてますよ、今は」

驚きと気恥ずかしさで先輩の横顔に目をやる。
「当たり前でしょ、そりゃ見てるよ」と言う彼女を見ながら【何か】がまた動き出すのを感じた。少しの静寂が続くと【何か】が気になって仕方がなかった。嫌ではないのだけど、先輩には気づかれたくないような、共有してみたいような、不思議な感覚。

「先輩、今度飲みに誘ったら来てくれます?特に相談はないんですけど」
「いいよ、そりゃ。行くよ多分。何もなければ」
「来ないじゃないですかそれ」
「どうだかねー」

向かいの席の窓ガラスでお互いの表情を確認しながら、心の【何か】はそのままに、わたしたちは終点まで行く。


20230717 Written by NARUKURU

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