母の口癖

うちは両親と3兄弟という家族構成で、専業農家を営んでいる。「農家」といっても規模は小さく、人を雇わず家族5人でできる範囲のもの。両親のことばを借りるなら「百姓」といったところだ。子ども3人を育てるのは、相当の苦労があったと思う。

そんなことは露知らず、私たち兄弟は本当にのびのびと育った。習い事こそさせてもらえなかったけど、その分近所のお姉ちゃんお兄ちゃんたちとたくさん遊んだし、たくさん本を読んだ。中高はそれぞれ部活にいそしんだ。

そして私たち全員、学校の成績が良かった。地元では有名な進学校に難なく入れるくらいに。天才肌では決してないのだが、根がまじめだったのだろう。結局、大学までよい成績をとり続け、3人が3人とも学費を免除されたのだから、そこはよくやったと言いたい。

そんな私たちの姿を見ていた母の口癖が「勉強する暇があったら手伝いなさい」。

勉強しろと言った覚えがないのによく勉強し、成績優秀な子どもたちを見て思うところがあったのだろう。あんたたちの養育費は畑仕事しなきゃないのよ、と。まったくもってその通りだ。

ただ、幼き頃の私にとって手伝いは面倒だったし、農家はダサいと思っていた。勉強という大義名分でかわそうとしていた節もある。その辺は見透かされていたのかもしれない。

母の口癖の前で私たち兄弟は逃げ場を失い、文句を垂れながら草むしりをする子ども時代を過ごした。

ちなみに今は3人とも自立していて、出荷のピーク時期は入れ替わり立ち替わり帰省し、畑仕事を手伝っている(母曰く、一気に全員が帰ってきても困るそうだ)。


このままでは母の名誉にかかわる。別の口癖の話をしよう。

それは主に冬場発動される。うちは標高800mほどの高原地帯にあって、冬場の冷え込みがひどい。真冬日は日常茶飯事だ。

高校生のときの話。
朝起きるとまず「今日も寒いよ」と言われる。適当に流しながら身支度をしていると「その格好じゃ霜焼けになるよ」ともう一声かかる。服装に口出しされたくはないが、靴下を重ね履きする。

そして家を出ようとする私に母が耳あてを手渡して一言。「これつけていきなさい。大分違うから」。

手袋を渡しながら、厚手の上着を渡しながら、ネックウォーマーを渡しながら、3枚目の靴下を渡しながら「大分違うんだから」。

分かったよ。言う通りにするよ。根負けした私は雪だるまみたくなって自転車をこいでいた。

この口癖はうちではお馴染みで、誰かが「大分違う」と言えば笑いが起こる。


勉強する暇があったら手伝いしなさいも、大分違うも、母の人生訓なのかな。金曜の夜、ふとそう思った。


20220715 Written by NARUKURU



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