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この3年間の写真をふりかえると

令和のはじまりは、平成のさいごの年だった。
年が明けると、それまでの「どこにでも・気軽に行ける・誰にでも逢える」が突如止まった。
そして、それはかたちを緩く変えながら、いまも続いている。

一年目、

息の詰まりそうな毎日を過ごしたそのころは
縛られてしまった自由のなかで、それでもどうにか出来ることを模索していた。
それは写真にも現れていた。
初めのころは、それまで自分のなかにあった記憶や想いの貯金でどうにかしていたように思う。
『きっと、もうすぐ前のようになる』そんな想いを抱きながら。

でも幻想だけで毎日が続くほど、日常はゆるくない。
面白いもの、きれいなもの、楽しいものに触れることが減っていき、それが日常になっていく中で、
「写真を撮るってなんだろう」を考えることが増えた。

移動制限とまわりの状況をうかがう毎日。
表現としての写真よりも
記録や伝達としての写真を撮っていることが増えた
地元自治会の活動の記録、バースディ写真、仕事上の広報写真
写真を撮れることは嬉しかったし、
理由がある写真を撮ることで悩まなくてもいい気軽さがあった

2年目、

よくこんなものを撮ったものだと思う。

撮る機会が減ったと同時に、保存フォルダ(撮影機会ごとに分けていた)が少なくなり、色味が消えていった。
家族や周囲も不自由な毎日にそろそろ疲れてきていて、悪循環を生むこともあった。

緩和と緊張が繰り返されて、二度目の夏を過ぎ始めるころ
すべてを規制しなくてもいい(近所への買い物や散歩まで禁止ではない、人ごみに行かない等)ことを学習したころは
昨年は中止だった催しがいくつか戻り、仕事も増えてきたこともあって、なんだかパタリと写真がなくなっていた

気が付くと3年目の夏になっていた

今年の夏は酷暑であったけれど
写真好きの人たちと集まって、鎌倉に行くことが出来た
県境移動の制限がされて、諦めたあの日以来2年ぶりの。
写真に色と、光と影、風がもどっていた

まだ引き続きの注意と自衛が必要ではある日々
けれど、この数年の制限と緩和の日々をすごして
「単に撮れる面白くないもの」「記録するもの」「心の筋肉をつかって撮るもの」、そのときの自分を知った

どんなものが好きで、どう撮りたいか
それはまだ道の途中だけれど
なにが物足りなくさせるのか‥それが少しだけ分かった気がする

ココロのアンテナさえ下さなければ、きっとソレは見つけられると思う


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