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受け取り方や感じ方はその人それぞれ

 伝えるものがなんであれ、その気持ちがなんであれ、受け取り方や感じ方まで決めることはできない。

 先輩はそう言うと、ビールジャッキを持って ごくり 飲む。

 わたしはその言葉を聞きながら、でも、という気持ちを抑えられなかった。

 ぐちぐち 語るわたしの言葉に口を挟むでもなく、嫌そうな顔もせず、うなずき、しっかりとしたまなざしを向けて、聞いている。それがかえって、わたしの小ささを感じさせて押し黙ってしまう。

 しばらく、沈黙が流れた。

 先輩は何かを言うでもなく、料理とお酒を適度に食べて、飲んで、おいしいわねぇ、とひとりごとのようにつぶやく。

 わたしは、酒も進まず、箸も進まず、ときおり先輩の顔をうかがっては、うつむいてしまう。

 そうして何も言えずに黙っていると、

「たぶん、まだ、納得はできないと思う。私だってそうだったし、今でも納得できているか、と聞かれると、悩んでしまう。けれど、」

 やっぱり、どこかひとりごとのような、それでも私に向けてくれているような、そんな言葉が鼓膜をゆらす。

「そうやって、悩んでくれているほうが、先が楽しみだわ。そつなくこなしてしまうほうが、かえって成長できないものよ」

 そんなもんですか?

 思わず、ぽつり、口にしてしまう。口にして、はっと口元を押さえた。

 あら、かわいいわねぇ、とほほえむ先輩の顔がなんだか温かくて、手に隠れてにやけてしまう。先輩には、届いたであろうか。

 そうして、改めて先輩の語った言葉が脳裏に跳ね返ってきて、考えてみる。

「受け取り方や感じ方が違う、からといって、伝えることを諦めてはいけないよーーうーん、ちょっと違うか。相手に届いているかどうか、私も諦めてしまっているところはあるけれど、私はこう思う、と伝えることは必要なことだと思っているよ」

 少なくても、自分の行動だからね。

 そう言って ぐいっ 飲み干したビールを片手に店員を呼び、生ひとつ、と伝えている。

「このくらい、シンプルだといいんだけれどね。そううまくはいかないものよねぇ」

 わたしはその姿を見ながら、それでもなお、伝えよう
届けよう、としている姿勢に、すなおに見入ってしまった。わたしの受け取り方、感じ方まではきっとわかっていないに違いない。けれど、それでもなお、自分はこう思う、と伝えてくれていること。それが紛れもなく、わたしのことを思ってそうしていること。それが、わたしには、伝わってきた。

 わたしは止まっていた手を動かして、ビールを一気に飲み干すと、もうひとつ、とビールを持ってきたばかりの店員に伝える。

「生ひとつ入りました!」

 と、シンプルに伝わったわたしの言葉は、力強く店員の声色に変わって店内に響き渡った。

 たしかに、こんなにシンプルなものではないけれど、伝わってくるものがあるのなら、伝えることそのものは必要なことなのかもしれない。たとえ、それが、わたしの意図しているものではなかったとしても。

「さて、また乾杯しよう」

 おつかれさま

 と二人の間で響いた言葉をビールと一緒に飲みこんで、何か、何か満たされたような、そんな気がした何かを、胸の中に感じることができた。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。