夏蔦  石井奈緒

花屋は育児の為、お休みに。自分に合った歩調を模索中です。 郊外ののどかな場所に暮らして…

夏蔦  石井奈緒

花屋は育児の為、お休みに。自分に合った歩調を模索中です。 郊外ののどかな場所に暮らしています。 ひと匙のぬくもりを。

最近の記事

木犀の花 『花の記憶 第九回』

長い夏が続き、お隣さんと「まだ半袖が手放せない」とお喋りしていたら、いつの間にか空の色が青く澄んできて、辺りは秋の気配。ご近所さんの軒先には可愛らしい紫檀色(したんいろ)の小菊が迎えられました。 気温が下がり始めた朝、上2人の子の幼稚園の送迎で玄関を開けると、突然の甘く懐かしい香り。 「いい匂い〜。」「くしゃーい。」と言い合ってかけ出すこどもたち。隣で頭からすってんころりんと1歳児。泣きだした子を片腕に納め、手を繋いで歩く幼稚園帽2人の背中越しに金木犀の橙色を見つけ、気持ちま

    • ぼんぼりの山 『花の記憶 第七回』

      「また生きて会おうね。元気でおってよ」と連絡がきたのは、3歳になったばかりの娘と7か月の息子を連れて、レンゲ畑に散歩に行こうと、マスクやミルクを準備をしていたときでした。 今では、年賀状のやり取りくらいのお付き合いになっていた旧友からでした。 彼女とは、それこそ山の子猿たちのように野山海川を駆け回り、いつも赤黒く日焼けした仲でした。ご両親にもとても良くしてもらいましたが、ふたりとも故郷を離れているので、顔を合わせる機会もなくなっています。 外出ができなくなった今、小学校

      • 野菊とアルミホイール 『花の記憶 第六回』

        コンビニもない、ゲームセンターもない、町中知った顔ばかり。私の遊び場は川、海、山、誰かのお家のお庭、ただの道だったりするのだけれども、実りの秋が訪れると、どこも魅惑的な宝庫に一変します。 日曜日の朝、私は夏に掘り保存されてあるいびつな形のお芋たちを数本選り、台所のアルミホイルとマッチ、新聞紙と一緒に自転車のカゴにつっこみ出かけます。 山の畑の脇でお友達と焼き芋をするのです。 出会うご近所さんに適当にご挨拶しながら、自転車をこいで向かいます。 みんなと合流し、手分けして倒木

        • ダイヤモンドの花 『花の記憶 第五回』

          初夏に咲く、庭石菖(にわぜきしょう)という、葉や茎、花弁もがほっそりとした美しく小さな花が、風に揺れる姿はたおやかです。 花色は白か紫色で、夕方にはしぼんでしまいます。可愛らしいきわめて細やかな、芍薬の蕾のような丸みを帯びた種をつけます。 全長は人差し指くらいなので、目立つ花ではありません。 花好きな母がなぜか「ダイヤモンドのお花」と呼んでいて、私もグラウンドなどで見つけては持ち帰り、庭に移植していたものです。 思い出すのは、病院に咲いていた「ダイヤモンドのお花」が好きだ

        木犀の花 『花の記憶 第九回』

          たぬきとホットケーキ『花の記憶 第四回』

          春隣(はるどなり)、そんな素敵な季語を使ってみたいと思っていたら、いつのまにか立春が過ぎ、木々たちが固い芽を柔らかくしはじめています。 この時期の灰色の景色の中で、鮮やかな黄色に発色した雲南黄梅が咲き始めると思い出す、たぬきとホットケーキの事。 山と海に囲まれていた故郷の高知では、冬は枯れ草の中に獣道が浮き上がります。夏は生い茂る草の勢いに獣道は見えづらいのですが、冬にはすぐに見つけられるのです。 そこだけ、枯れ草のトンネルができていたり、一面枯れ草が立っている中に窪むよ

          たぬきとホットケーキ『花の記憶 第四回』

          冬のままごと『花の記憶 第三回』

          長袖をひっぱりだした頃に、野ばらの実が赤く色付きます。すすきの穂は白くほわほわと広がり、夕陽に光ります。 あー秋だなぁと感じていたら、間も無くお洋服を着込むようになり、瞬く間に大晦日が来てしまいました。 冬、故郷でどこでも当たり前のように聞こえていた、焚火の爆ぜる音。火のつきはじめのすっとたつ煙。ゆらゆら揺れる炎。想像するだけで、ほっとして温かい気持ちになります。 庭先で落ち葉を掃き集める姿は、高知に住んでいた頃よりも、上京してからよく目にするようになりましたが、火を

          冬のままごと『花の記憶 第三回』

          誰そ彼(たそかれ) 『花の記憶 第二回』

          萩、藤袴、桔梗、葛、女郎花(おみなえし)、撫子、秋桜、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、野葡萄、柿や栗・・・ そんな植物たちの実りが秋の訪れだった頃のことです。 茜色の黄昏時、町内放送からこどもの声で「もう帰る時間になりました」とアナウンスが流れます。 黄昏の元は「誰そ彼」だそう。薄暗くなった頃、暗くてみえないけれど、あなたは誰?あれは誰だろう?という意味から。 帰りのアナウンスが聞こえてからは、真っ暗な闇に変わるのがとても早く、夏にはなかったもの哀しい空気に包まれます。冬ほ

          誰そ彼(たそかれ) 『花の記憶 第二回』

          初声(はつこえ) 『花の記憶 第一回』

          2017.10 「初声(はつこえ)」 元旦の朝に聞く鳥の声を「初声」というそうで、各季節にはじめて聞く鳥や虫の鳴き声もさすそう。 九月半ばの夜八時過ぎです。携帯電話に友人から、一つだけ映像が送られてきました。 私は家におり、その映像を開くと、ほぼ真っ暗。 「ん?」 ぼうっと見えてきたのは街灯の下で、街路樹なのか葉が風に揺れ、背丈の高い木がいくつか連なっていて、その木たちが1本ずつ画面を過ぎていきます。映しながら歩いているようです。 そして、耳に聞こえるのは秋の虫たちの

          初声(はつこえ) 『花の記憶 第一回』