武士道入門34 金メダリストの武士道

武士道』の第11章、「克己」という話ですが、かつてフィギュアスケート金メダリスト、羽生結弦選手が、ソチ五輪で金メダルをとったときの話をしましょう。
外国人の記者からだと思いますが、 面白い質問がありました。

「あまり喜んでいないように見えるんですが、どうしてですか?」

じつは『武士道』の「克己」の章でも、同じようなことを外国人が体験する場面が描かれています。
それは日清戦争で兵たちが出征するときのこと。
「涙ながらに家族に見送られる感動の場面が見られる!」と思って、アメリカ人滞在者が駅へ出向くと、そこにいたのは感情を押し殺して、うやうやしく礼を交わす人々のみ......。
そう、かつて武士道を持っていた日本人は、感情を気安く発露することを避 けたんです。

一体なぜか?
新渡戸稲造さんは、『啓発録』でお馴染み、橋本左内さんのこんな言葉を紹 介しています。

「汝の霊魂の土壌が微妙なる思想をもって動くを感ずるか。
それは種子の芽生える時である。
言語をもってこれを妨げるな。静かに、密やかに、これをして 独り働かしめよ」

つまり感情を表に出さず、ぐっと心に噛みしめることで、自分の心の中で感じていることに正直になれる。
喜んだり、哀しんだりすることで、自分の心に秘めている思いがごまかされたり、うやむやになってしまうことを武士たちはいさめたんですね。

あらためて羽生選手は、「なぜ喜ばないのか?」という質問に、「まだ実感がない」という言葉のほか、こんなことを言っています。
「メダリストになっただけでは、復興の手助けにならない。
何もできていない無力感を感じた。金メダリストになったこれからがスタート。復興のためにできることがある」

羽生選手は仙台で、自分の家も流されてしまったという東日本大震災の被災者の1人。なるほど、「自分がやるべきこと」の使命感を忘れないため、喜びをグッと噛みしめた......ということなのかもしれませんね。

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