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【小説】 焔

誰にも言えない苦しみが、この世には存在する。

誰かに言えば解決するよという一言さえ、焼け石に水の如く消えていく。それほど強い感情だった。

「心の中で葛藤する」なんて生優しい言葉で言いあわらせない程の、禍々しい怒り、嫉妬、妬み。そういった黒い思いがぐるぐると渦を巻き、蛇のように塒を巻いて、私の中へ住みつこうとする。

仏法の世界ではこういった感情を「三毒の焔」と呼んでいるらしい。「むさぼり、いかり、おろかさ」の三つは、いつの時代も燃え上がる。

そして、私にも発火してしまう時が往々にしてあって、それを自覚しながら、消化活動に当たろうと、必死に考えを巡らせる。あれは相手にも立場があったんじゃないかだとか、この言い方はこちらに非があったのではないかとか、気がつかないうちに自分が加害者になっているのではないかと。

しかし、それに対抗するようにまた焔が燃え上がる。あの一言に皮肉が混ざっていたよねだとか、所詮自分が大事だという考えが表れた言葉や仕草だったなとか。私に対する配慮という隠れ蓑を使って、一番大事にしたいのは自分の立場とお金なんだなとか。考えて、考えるのが醜いと分かっていながらも透けて見える感情が、仕草が、態度が虚しくて、悲しくなっていく。燃え上がった焔は気づけば別の焔となって私を蝕んで離さない。


たかが友人の一言、されどその一言。その言葉に対して思う自分の感情が悍ましいほど燃え上がる。この燃える焔はいつになったら収まるのだろう。


どうしたら治るのか問い続けた結果、眠ることが最大の薬だと分かってきた。

「ゆっくり深呼吸してー深くーゆっくりと。瞼を閉じて呼吸を感じるの」

そう医者に言われた言葉を思い出し、呼吸を意識すると驚くほど楽になれた。身体とは不思議なものだ。この呼吸を意識して眠ってしまえば、全て忘れる。はずだった。でもダメだった。結局、全ては忘れられないのが人間の性なのだ。

私は今日も焼かれた傷を抱えて生きていく。



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