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遺書No.681 独自的解釈の中に実在する理想郷。

※この記事は2004年7月6日から2009年7月5までの5年間毎日記録していた「遺書」の1ページを抜粋して転載したものです。

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2006.5.19
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梅雨入りなんですか?('A`)

やたら雨が続いて不愉快な思いをし、
止んだと思ったら異常に蒸し暑くなる。

もう勘弁してくださいッ・・・

怒りにも似た切実な祈りを天に捧げた時、
見上げた空には大きな虹が咲いていたよ。




こんばんわ、みーくんです。




やあ、まだ見ぬ我が子よ、元気かい?
何だか今日はね、ふと、思ったんだ。

『どこか、理想の世界に飛んで行けたら』

なんて馬鹿みたいな事をね。
え?馬鹿みたいな事じゃないって?

いやいや、理想郷に行きたい、
その気持ちは良いんだよ。

でも、人は飛べない。
だから『飛んで行けたら』は違うって意味だよ。

意地悪じゃないさ。
大事な事だと思うんだ。

さて、本題に戻そう。

理想郷に飛んでいけたらなんて思ったら、
今度は理想郷って意味で使われる、
ある言葉が頭に浮かんだんだよね。

『ユートピア』

聞いたことはあるかい?

実はボクも見た事はないし、
行った事もない。

見た事があるのはせいぜい、
エロトピアぐらいなもんさ。

それでね、ちょっと考えてみたんだよ。

ユートピアなんて実際には、
見た事も行った事もないんだけど、
それでも言葉ぐらいは、
誰でも一度や二度、聞いた事がある筈だ。

「理想郷」或いは「桃源郷」。
そんな意味の言葉だね。

調べてみたところ、
英語では「Utopia」、
語源はギリシャ語で「ウトピア」っていうんだ。

「ウ」っていうのは英語で否定語の「No」、
「トピア」は英語で「where(場所)」って意味なんだ。

つまり「理想郷」=「No where」=「どこにもない」って事なんだね。


うん、これは語源として納得できる。

でもね、この綴りを眺めながら、
ある事に気付いたんだよ。

「No where」は「Now here」とも見える。

おや?これは?

ちょっと拡大解釈というか、
発想の自由でしかないんだけれども、
そう捉えるとね、面白い意味になる。


「Now here」=「今まさにここ」


と解釈する事も出来るんだよっ!

「理想郷」はどこにもないけど、
自分が信じれば「今ここにある」って事。


なんかカッコイイじゃん?

つまり「理想郷に飛んで行けたら」、
そんな事を思ったけど、


「ユートピア」は自分の捉え方次第で、
「自分」のすぐ傍にあるって事なんだ。


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2022.5.20
毎日遺書を書き始めた当時681日目の投稿内容。唐突だけどボクの座右の銘の1つを紹介しよう。
『能力の差は考え方の差、結果の差は努力の差。』
似たような表現は幾つもあるんだけど、総じて


過去のボクは昭和の固定観念や慣習に縛られ、自分や家族を苦しめていた事に気付きました。今は、同じ想いや苦しみを感じる人が少しでも減るように、拙い言葉ではありますが微力ながら、経験を通じた想いを社会に伝えていけたらと思っていますので、応援して頂けましたら嬉しいです。