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思郷

年に一度訪れるふるさとの町。浜風がゴーゴーと耳をなぞり、草花はざわざわと揺れる。とにかく風が強くて、空気と水が澄んでいて、空と海が広い。海と山に囲まれた小さな港町。

夜空を見上げて一人立つ。風の音しか聴こえない。人の気配が一切しないこの感覚は、都会や観光地では絶対に味わえない。地球と自分だけが、ただここに存在する。わたしはなんてちっぽけなんだろうと、悲しいような、ほっとするような、不思議な気持ちになる。

風の音を聴きながら、ぼんやりと夜空を眺めた日。目には見えない星も、カメラはその姿を捉えてくれる。目には見えないけれど、無数の星が輝いている。

子どもの頃は、なんにもないこの町がとにかく退屈で、早く出ていきたかった。今はこのなんにもない環境が、ものすごく貴重で尊く感じるなんて、不思議なものだ。自分は外の世界でどんどん変わっていくのに、故郷の景色には変わってほしくないと願うなんて、とても身勝手だなとも思う。


この景色を目の前に、あれが欲しいとかこれが欲しいとか、あの人がどうとかこうとか、そんなものは本当にどうでもよくなってしまう。空と海と太陽、この日しか見られない景色、風と波の音。人ってもっとシンプルに生きられないんだろうか。人とモノが溢れた都会の生活なんて、本当は無駄なものばかりなんじゃないだろうか。資本主義に踊らされた生活なんて、実にくだらないな…なんてことを思ったりする。

それでも、もうすぐわたしは、たくさんの人に囲まれて、刺激的な芸術や娯楽を楽しみ、たくさん服を持ってるのにまた服を買ってしまったり、1時間もかけてまつ毛にパーマをかけたり、深夜までPCの画面と睨めっこしたり、そんな生活に戻っていく。今のこの気持ちはきっとすぐに忘れて、1週間後には友達とおしゃれなカフェでランチなんかを楽しんでいるんだろうと思う。

「自然に還る」というと大げさだけど、こうして自然と対峙して、自分が生かされていることを感じる瞬間が、目には見えないたくさんのことを教えてくれる。人が集まる観光地のような、誰かのために準備された自然ではなく、本当にそのまま残されて、忘れられたような景色に心が惹かれる。

今年もありがとう。また来年会えますように。

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