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オルヴィエートに奪われた「ボルセーナの奇跡」の聖遺物

復活祭(イースター)後の第9日曜日に祝われる、キリスト教カトリックの主要な祭典の一つ「聖体の祝日」。この祝日は、ボルセーナで起きた奇跡がきっかけとなり、1264年、ローマ教皇ウルバヌス4世により制定されました。

ボルセーナの奇跡は、1263年の夏、ボヘミアの司祭、ピエトロ・ダ・プラハがボルセーナのサンタ・クリスティーナ教会にてミサを行っている最中に起こりました。

ボルセーナのサンタ・クリスティーナ教会

カトリック教会のミサは、イエスが十字架にかけられる前の晩、弟子たちと共に行った「最後の晩餐」を再現しています。最後の晩餐において、イエスは、パンを弟子たちに分け与え「これは、あなたがたのために与えるわたしのからだである」と、またぶどう酒も「わたしの血である」と言われ「わたしを記念するため、このように行いなさい」(ルカによる福音書第22章19節)と言い残されました。それゆえ、イエスの死と復活を記念するために、主日(イエスが復活された日曜日)ごとに集まり、パンとぶどう酒は聖別され、信者は「キリストのからだ」であるパンを受け取るという、「主の晩餐」の記念をミサという形で今もずっと続けているのです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」
By Leonardo da Vinci - Unknown source, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=24759

しかしながら、ピエトロ・ダ・プラハは、聖職者であるのにもかかわらず、司教、司祭がパンとぶどう酒を聖別すると、パンの全実体がキリストのからだの実体に、ぶどう酒の全実体はその血の実体に変化するということが信じられなくなってきていました。そして、その疑いを晴らすため、ローマへ巡礼の旅へでます。ローマではペトロのお墓に祈りを捧げ、心も落ち着き、帰途につくのですが、ローマから北上してボルセーナで一泊した際、再び疑問が頭の中に湧きあがります。そして、翌日、ピエトロ・ダ・プラハがボルセーナのサンタ・クリスティーナ教会でミサを行っている際、奇跡は起こりました。

聖別されたパン(ホスチア)から血が滴り落ちたのです。

混乱した司祭は、聖体布にホスチアを包み、奥のサクリスティア(香部屋)に慌てふためきながら戻りました。その際、祭壇の大理石の階段にも血のしずくが落ちました。

ボルセーナのサンタ・クリスティーナ教会内に残る
ピエトロ・ダ・プラハによりミサが行われた祭壇
サンタ・クリスティーナ教会の聖体の奇跡の礼拝堂
祭壇には、奇跡の血の跡が残る大理石が金の額縁にはめられ置かれている

ピエトロ・ダ・プラハは、この出来事を報告するために、当時オルヴィエートに滞在していたローマ教皇ウルバヌス4世の元へ向かいます。報告を受けたウルバヌス4世は、オルヴィエートの司教をボルセーナに派遣し、真実かどうかを確認させ、聖遺物を取りに行かせました。

そして、ウルバヌス4世は、この出来事の超自然的な性質を宣言し、それを記憶するために、1264年8月11日に「聖体の祝日 Corpus Domini / コルプス・ドミニ 」( 主の体という意味)を教会全体に広げました。こうして、それまであったキリストの聖体の臨在は現実のものではなく、単なる象徴であるとする意見とは逆の方向に舵をきりました。

そして、1290年、奇跡の聖遺物である聖体布を保存するために、ボルセーナではなくオルヴィエートに、荘厳な大聖堂を建設することが時のローマ教皇ニコラウス4世により決定されたのです。

ボルセーナの奇跡の聖遺物が収められたオルヴィエートの大聖堂

ボルセーナの奇跡が起きたころのイタリアは、ローマ教皇を支持する教皇派と神聖ローマ皇帝を支持する皇帝派が対立をつづけていました。(この対立にアイデアを得て描かれたのがシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」)ウルバヌス4世が、ローマではなく、オルヴィエートやヴィテルボに滞在していたのも、教皇派と皇帝派が混在する危険なローマではなく、教皇派であった都市を選んだからでした。

ローマ教皇により滞在先として選ばれたオルヴィエートは、中世より、ボルセーナに比べ、どんどんと権力を拡大していきます。それゆえ、ボルセーナで起きた奇跡の聖遺物はオルヴィエートに移されたのです。

そして、オルヴィエートが政治的にボルセーナに比べ、優位であることは現在でも変わっていないようです。前回の記事で詳しく書きましたが、オルヴィエートは、ボルセーナから、エトルリアの12都市連盟の首都であったという栄光をも奪おうとしているのですから。

遺した人の想いを取り除き、歴史の真実を探ることは、非常に難しいことだと実感します。

素直にうれしいです。ありがとうございます。