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ウェルビーイングと私

ちょうど20年前の今日は、15年間、私を育ててくれた義理の父(母の再婚相手)の葬儀があった日だ(ったように思う…^^;)

母が私と弟を連れて家を出たのは、私が小学校4年の夏休みだっただろうか…。
そこから母は別の人と暮らすことを選び、私たち姉弟は、顔見知りのおじさんをいつしか「お義父さん」と呼ぶようになる。


自分が可愛がっていた後輩と母が良い仲になって、挙句に子供を連れて出ていくことになるなんて、当時の父はどんな気持ちだっただろう。

自分の浮気相手が本当に面倒を見てくれるかどうかなんて保証はないのに、たいした稼ぎもない状態で子供2人をつれて家を出るなんて、母の覚悟はどれほどのものだったんだろう。

そして、仲間内で散々世話をやいてくれていた先輩の奥さんに手を出したなんて、近所の噂になることは間違いなくて、地元に居続けられなくなることは百も承知だったはずなのに、母を迎え入れた養父の思いはいかばかりだったんだろう。


当時はみんなアラフォー世代。
きっと眠れない夜を何日も過ごしたに違いない。

ドラマ化できるよね…くらいの修羅場。
携帯電話が登場するずーっと前の話で、電話の子機すらもなかった時代だったから、大人のやりとりはすべてが目の前で繰り広げられる。

感情的になったり、騙しあったり、力任せに暴走したり、、、。

あのとき大人たちは、子供には状況が理解できないとでも思っていたんだろうか…?(多分、いろいろ隠す余裕がなかったんだろうけれど)

でもさ、舐めてもらっちゃ困るんだよね(笑)
ランドセルを背負って黄色い学帽を被ってても、頭の中はすごく冷静で、いつも「取り乱す大人たちをどうしたらなだめられるんだろう」と思ってた。

そして、私がそのとき学んだ最大のことは、

大人って大人じゃないんだな

ということだった。

私の周りには「穏やかに笑っている温かい人」は誰もいなかった。


こうして、

ずーっと続く幸せなんて、もしかしたらどこにもないのかも・・・

などと、10歳にして世の中を達観しようとしていたマセたガキが出来上がってしまった(苦笑)


時は過ぎ、すでにいまでは壮絶な記憶のアレコレはすべてネタとして話せるし(ここにはさすがに書かないけど笑)、それらは私の人生を豊かに、タフにしてくれた貴重な道のりだったと思っている。

6年前に実父が亡くなり今年は母を見送った
生前、私がだいぶ大人になってから、それぞれと一緒にお酒を飲むような機会には、過去の思い出を振り返った記憶もある。

歳を重ねるにつれ(皆さん、自分にとって都合のよい記憶になっていくわけで)丸くなるというか、心が溶けるというか、そういう変化も味わわせてもらった。

親の夫婦関係の不和がトラウマになってメンタルヘルスの仕事をしているのかと思われると、それはちょっと心外なのだけれど(笑)、感受性と合理性の両方を鍛えられた経験としては、臨床場面でとても役に立っている。



それにしても、人生というのはうまくできている。
欲しいものをあきらめずにいると、それに必要な出会いが与えられる。


アメリカ心理学会の父、ウィリアム・ジェームスが言った
「今世紀最大の発見は、人は心の持ち方を変えることによって、人生を変えることができる」
っていうのは本当だった。


心理学を学ぶようになって35年。
あたたかい人間関係の築き方を知るようになって30年。
そして、5年前に私がたどりついたのは「ウェルビーイング」。


ウェルビーイングとは、「よい状態」のこと。

何を持ってして「よい」かどうかは人によって違うというけれど、
穏やかな気持ちで、安心できる環境で、信頼できる人たちと過ごせることは、多くの人たちが求める「よい状態」ではなかろうか…。


私の親の皆さん(笑)

私はいま、
幼かった私が欲しかったもの、
しかも、それを自分の力で育てられるということを
伝える仕事をしています。

だから安心してね。人生無駄なし、です^^


※どれくらい続くかわかりませんが、しばらくはウェルビーイングシリーズとして記事をアップしていく予定です。
ご覧いただけたら嬉しいです。


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