見出し画像

【マンガ家がキャラと出会うということ】サディ×一秒さん 水曜のマンガ道 対談レポート

お品書き
・ はじめに
・ 対談者プロフィール
  
・「良い設定を考える」より大切なこと
・ マンガ作りとは「キャラと出会う」こと
・「伝えたいこと」はなくていい!?
・ 作家の仕事は、キャラの気持ちを守ること
・「作家の主張」と「キャラの主張」
・ 連載の終わらせ時とは…?
・ キャラの声に集中するために 

はじめに

マンガ家の一秒さんがTwitterで連載していた『全てがめんどくさいウサギ』が先日(2021年12月6日)、遂に完結しました!
ゆる〜いタッチの動物達の物語なのに、人間くさい感情が滲み出てたくさんの読者を魅了したこの作品。
まさに連載中だった同年10月に、編集者・サディこと佐渡島庸平さんのYouTube生番組『水曜のマンガ道』で対談して頂いた時の話が、とってもとっても素晴らしい内容だったのでコルクラボメンバーである私が記事にさせて頂きました。

私自身もマンガを描くのですが、一秒さんみたいにマンガを描けたらめちゃくちゃ楽しいだろうな…と思ってしまった対談です。

ぜひお読みください!


対談者プロフィール

一秒さん
マンガ家。「マイッカな毎日」や「Doちゃんと僕」などWeb連載多数。コロナ禍でのリモートワークを題材にした「在宅勤務子ちゃん」書籍発売中。

佐渡島庸平さん(サディ)
1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、2002年に講談社に入社。
週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。
著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。


「良い設定を考える」より大切なこと

サディ:
『全てがめんどくさいウサギ』は今、毎日Twitterで更新してるんだよね。

一秒さん:
はい、土日休みですけど平日は毎日出してます。

サディ:
一秒さんはもともと、わかりやすい設定を考えてその中で物語を動かすのがすごく上手かった。なんだけれども、この『全てがめんどくさいウサギ』は、もうね、一秒さんの中で進化が起きた。マンガの上手さが、圧倒的に変わった。これ更新する度に1000いいねとか超えてるもんね。

一秒さん:
そうですね。だいたい1000から2000ぐらいもらえてます。

(※『全てがめんどくさいウサギ』第1話)


サディ:
マンガで一番重要なことっていうのは、良い設定が思いつくということよりも、キャラが描けるということなんだよね。で、それが一番難しくて、10年20年やってても、できなかったりする。

一秒さん:
本当そうだと思います。それこそが一番身につけたいけど一番難しい。

サディ:
キャラが描けるようになるっていうのは、人を創造するみたいな話だからね。で、それを一秒さんは今回の『全てがめんどくさいウサギ』ででき出してる。

たとえば『スラムダンク』の桜木花道とか、俺は高校のときの仲良かった友達について思い出すのと同じ脳の部分使って思い出すんだよ。それってさ、リアルだってことだよね、桜木花道が。

でね、俺めんどくさいウサギのことを考える時と、面倒くさがり屋だった友達について考える時、同じ脳の場所使うのよ。

一秒さん:
リアルに感じてくれてるんですね。

サディ:
そう。

一秒さん:
『全てがめんどくさいウサギ』は最初、毎日気楽に描いてて、それがとにかく良かったのかなと思ってます。
ちゃんとした枠組みで描かずに、なんとなく「こういうキャラがいたら面白いな」ぐらいの気持ちで、あるあるネタで描いてて、そこでキャラはつかめたんですよね。キャラの思考回路とか。

でも、そうやってあるあるネタだけでやることに自分が飽きてきて、キャラを動かすための欲求とかこのキャラの穴は何だろうって考えたときに、女の子と出会って恋したら面白いなとか、そういうふうに膨らませていって、設定はどんどん後付けでやっていったんです。そうやってちょっとずつ主人公の山田っていうウサギの成長物語にしていったら、いろんな人から反応が増えてきて、今に至ります。

サディ:
これ、TikTokとかYouTubeで声優つけて動画にすると、面白さがもっと増すよ。台詞もすごいリアルだから。心の声とかが説明台詞じゃないよね。だからね、声優が声を当てやすい。

一秒さん:
そうですね。台詞は絶対口語で書こうと思ってて、説明口調の台詞とか格式ばった言葉は使わないようにしてます。

サディ:
よく俺がさ、マンガ家に「ネーム直すときに、自分で全部朗読して演じてみて、言いにくいやつは説明台詞になってるんだよ」って言うんだけど。一秒さんは1回頭の中でしっかり演じてるなって思うよ。
だから今回のめんどくさいウサギみたいなキャラの作り方を他のキャラでもできるようになるといいよね。

一秒さん:
そうですね。そうなりたいです。

サディ:
これが再現性があるようになると、もう、一生食っていけるっていうか、引っ張りだこになるよ。


マンガ作りとは「キャラと出会う」こと

サディ:
『宇宙兄弟』の小山宙哉さんと「マンガ作りとは何か」という話をしていたら「キャラと出会うこと」だって言っていたんだよね。
普通は、作者だったらキャラのことを全部知ってて、順々に読者に見せていくっていうことだと思ってしまう。だけど、そうじゃないんだと。

作者は読者と同じぐらいキャラについて知らない状態で始まって、「どんな人なの?」「どんな人なんだい君は?」っていうふうに出会っていくことだと。
だからマンガを描くっていうのは、作者がキャラと出会ってより深く知っていく行為なんだよ。

一秒さん:
なるほど。

サディ:
それで例えば小山さんは、ムッタをもっと知りたいなって思ったときに、ムッタが死にそうになったらどうなるんだろうって考えて、あの月面での事故のエピソードが生まれた。
めんどくさいウサギが殴られるシーンがあったでしょ。とにかくね、そうやって主人公を困らしていく。例えば片想いの相手が婚約する事になったとか、妊娠したとか。そうなった時にウサギはどうすんのかって感じで物語を動かしていく。

(※『全てがめんどくさいウサギ』主人公・山田が殴られた回)

一秒さん:
いつも夜寝る前にアイディアを思いつくんですけど、夢というかインスピレーションというか。今までだったら頭で考えていたところが、夢うつつみたいな感じで降りてくる感じなんです。
箱庭にキャラを入れて、私は上から眺めてる感じで。「え?このキャラこんなことしちゃうの?」みたいなことをキャラがやりだす。で、それに対して私が「いやそれは変だからやめなよ。こっちにしなよ」じゃなくて、「そうだよね、君はそういうふうにしか動けないだろうね」っていうふうに思えるんです。

だから作者としても楽なんですよね。自分の頭で考えてやらなくても、勝手にキャラが動いてるのをそのまま映し出すだけだから。

それがキャラと出会うってことなのかなと思って。

サディ:
監督をやってるって感じだからね、作家っていうのは。別世界の撮影監督。
世界がもうそこにあって、一秒さんがトリップしてキャラ達が演じてるのを観察して、カメラ入れて回してるって感じ。

一秒さん:
私も今回初めてその感覚がつかめた感じがするんですけど、いつもやっぱり、設定から描いちゃうことの方が多いんですよね。たぶん多くのマンガ家さんが陥りやすいと思うんですけど。どうしたらいいんですかね。

「伝えたいこと」はなくていい!?

サディ:
よく「伝えたいこと、メッセージは何?」って言うじゃん。それは「キャラのどんなところを見せたい?」ってことなんだよね。
だから、作者がキャラと出会えてたら、勝手に読者にもメッセージが伝わっちゃう。メッセージって作者が伝えるものじゃなくて、キャラから勝手に伝わるものなんだよ。

一秒さん:

めんどくさいウサギはTwitterで好きにやってるから、かえって良かったのかもしれないです。
毎回主人公の山田のどういう感情を見せたいかっていうのから考えてて、あんまりメッセージとかは考えずに描いてるんです。でも、読者の方からのコメントを見るといろんな人がいろんなことを受け取ってくれてるので、その差が面白いなと思ってました。

サディ:
メッセージさえも作家がキャラから教えてもらっちゃうっていう状態になるといいよ。
例えばね、めんどくさいウサギに急に親の借金がやってくるとするじゃん。そうすると貧困問題と向き合わないといけなくなる。貧困問題に対してどう対応すればいいのかとか、それがどう若者を苦しめてるのかっていうのがマンガに表れてくる。つまり貧困問題がメッセージみたいなことになる可能性がある。
それって一秒さんが貧困問題について描こうとしたわけじゃないのに、ただウサギの身になってすごく考えたら、貧困問題について最も深く描いてるマンガになっちゃうってことがあって。

一秒さん:
なるほど、なるほど。今ちょっとわかりました。メッセージを作者が考えちゃうと、一つのメッセージしか伝えられないけど、感情を伝えようとすると、キャラを通していろんなメッセージを読み取れるから、よりいろんな人に伝わるんですね。

サディ:
そう。重層的な深いメッセージになる。


一秒さん:
だけど例えば企業案件とかだと、やっぱりちゃんとメッセージを伝えなきゃっていう気持ちが先に出ちゃいます。

サディ:
でもね結局、全部手法は一緒ってことなんだよね。キャラから描くっていうのは企業案件でもそうした方がよくて。
なぜならそっちの方が結局伝わるし結果、クライアントも満足するから。
もし一番初めのキャラ設定が間違ってたら、感情からやったときに企業が伝えたいことと違うメッセージになっちゃうけど、一秒さんの場合はもうそのキャラ設定がうまくいってるから、キャラの感情が伝わりさえすれば、自然とクライアントが望むメッセージになる
それに、「この描き方で企業側の要件と合ってますよね?」っていう調整をするのがコルクの仕事だったりするしね。

一秒さん:

じゃあメッセージのことは全く考えなくていいんですか?

サディ:
全く考えなくていい。
だから編集者の「メッセージが足りないですね」っていうフィードバックをどういうふうに作家は解釈すればいいのかっていうと「キャラがうまく動いてないんだな」と思えばいい。

一秒さん:
じゃあ、どんな作品でもネームを考えるときはメッセージから考えるんじゃなくて、キャラのどういうところ、どういう感情を見せたいかっていうところから考えるってことなんですね。インタビューでもよく「メッセージは?」って聞かれるからメッセージがないといけないのかと誤解してました。

サディ:
インタビュアーはそれ聞いた方が記事をまとめやすいからね(笑)。
でも一秒さんのマンガ読んで、読者はメッセージを読み取れると思うよ。
だから、描くときはキャラの声を聞いて描く。
で、ネームを読み直すときとかそういうインタビューを受けたときに、こういうメッセージが自然と浮かび上がってきてるなあと気づく。そしたら、読者もそのテーマに気づきやすいように、吹き出しの大きさとかコマ割りとか、構図を工夫してみるといい。そうするともっと演出のバリエーションも増えるよ。

一秒さん:
ある意味メッセージで一点突破したマンガの方が強い時もありますよね。短編とかだったら特に。

サディ:
4ページマンガとかTwitterマンガとかだとそういうことも起きるけど、
読者の感情に残る、記憶に残るっていうことだと、やっぱりキャラの感情がメインなんだよね。

作家の仕事は、キャラの気持ちを守ること

一秒さん:
これまではまず「何を伝えたいか?」から考えていって、そのメッセージに合わせるためにキャラの行動を変えちゃったことがあるなと今気づきました。

サディ:

昔ね、こんな面白いことがあって。

『宇宙兄弟』のムッタが「宝くじを買って夢を叶える」っていうシーンをできないかっていう広告案件が来たんだよね。
でもそのときに作者の小山さんが、「ムッタの夢への挑戦は宝くじを買うのと全く違いますよ。偶然に賭けるんじゃなくてもっとしっかり努力してます。それはムッタへの侮辱になっちゃうからムッタが宝くじを買うっていう宣伝はダメなんです」って言って断ったんだよ。

つまり作家が何かを伝えたいからって、キャラの発言や行動を変えちゃいけないってこと。
とにかくキャラの声に耳を澄ましてあげて、嘘を言わせない。キャラを苦しくさせない。作家がキャラに命令しちゃダメなんだよ。

一秒さん:
めちゃくちゃいいエピソードですねそれ。

サディ:
それでいろんなキャラの声を聞くっていうことができるようになると、たくさんの物語が描けるようになる。で、どこかで時代と当てはまってドーンと売れたりする。

でも正直、キャラの声が聞こえてたら、ドーンと売れなくても作家として楽しく続けられると思う。だから売れる売れないは偶然で、自分はただキャラの声を聞くだけって思って一生創作を楽しめる。
なんかね本当にその一生創作を楽しめる切符を手に入れそうな雰囲気があるよ一秒さんは。

一秒さん:
ありがとうございます。変な話、めんどくさいウサギを描いてて今回…なんか、シャーマン的な何かというか…配達人、巫女的な感じなのかなと思ったんですよね自分が。だからマンガ家は創作の世界の住人と現実世界を繋げる役割で、私自身の自我はそこでは必要ないんだなっていうのはすごく実感しました。

サディ:

ただね、この「めんどくさい」っていうところに注目するところに作家性が出てるんだよね。
だってこのめんどくさい感じっていうかズボラ感って『在宅勤務子ちゃん』にもあるじゃん。

一秒さん:
あります。めっちゃあります。わたしがそうだから(笑)。

サディ:
うん。だからね、自然と作家性って出てるから。
いい作品って作家性もあるしメッセージも伝わるじゃん。それは結果として伝わるだけであって狙って伝わるもんじゃないんだよね。
それに初めから作家がメッセージを伝えようと狙うと、なんか説教くさくなっちゃう。

一秒さん:
いや、そうですね耳が痛い(笑)。

「作家の主張」と「キャラの主張」

サディ:
それはメッセージじゃなくて主張になる。主張を伝えたいんだったらブログ書くか政治家になれよって俺は思う。



一秒さん:
なるほど。

サディ:
ただし、ここを取り違えないで欲しいんだけど、各キャラクターは、生きてる人間だから主張は持ってるわけよ。
『ドラゴン桜』で言うと、主人公の桜木と龍山高校の理事長は全く逆の主張を言いまくるわけ。それが対立するから、テーマが深く伝わる。
でもそれが作者の主張になっちゃうと、桜木も理事長も同じ主張を言ってるっていうふうになっちゃう。
いろんな主張、多様性を見せる中で、読者は「どれが正しいかわからないけどどっちかって言うと主人公に共感する」ぐらいになると、深く考えさせられるテーマになる。

一秒さん:
そうですね。
ただいろんな主張や思想のあるキャラクターを自分の中に持っておくっていうのはすごい難しい気がして、それを皆さんどうやってるのかなって思ったんですよね。


サディ:
それはね、
キャラの声に耳を澄ますと、「私の思ったこともない考え方をこの人言うな」ってことが起きるよ。


連載の終わらせ時とは…?

一秒さん:
今描いてて、そんなにストレスないし楽しいんですけど、逆に心配なのは、これどこまで続くんだろうっていうことなんです。主人公がどこまで行くのかなっていうのを私はただ見守るだけなので、アンコントローラブルなんです。

サディ:
そのアンコントローラブルのままでいいよ。物語ってなんなのかっていうと、キャラクターがAという状態からA’という状態になるってことでしょ。

例えばね、自分の人生の中でも「あ、今って自分の人生ちょっと変わったな」って思う瞬間があるじゃん。

一秒さん:
あります。

サディ:
大学卒業したとかね。そういうのと同じで、めんどくさいウサギがバイトを辞めたとか誰かと付き合ったとか何らかの転機があって、ウサギの気持ちが変わったって明確に感じる時がある

一秒さん:
そうですよね。

サディ:
めんどくさいウサギは脱皮しようと今ずっと頑張り続けてるわけじゃない。今も一秒さんは自分でTwitterのリプ欄に「頑張れー!」って声かけてることあるけど、これがどこかで、「成長したねえ」って言ってあげたくなる。「成長するとこ見せてくれてありがとう。人ってこうやって成長するんだね」っていうふうに声をかけたくなるときがあって、その回が終わり。

一秒さん:
なるほど、そこは自然に来るんだ。

サディ:
子どもだってさ、こういうふうに成長させるぞってすると子どもが苦しくなっちゃうじゃん。キャラも同じで、「いついつまでにこういう部分を成長させるぞ」と思うと、めんどくさいウサギが苦しくなって動かなくなっちゃう

一秒さん:
めっちゃそうです、めっちゃそうです、わかります。

サディ:

だから自然に成長したと感じられた日が終わりで、それは急に明日来るかもしれないんだよ。


キャラの声に集中するために 

サディ:
設定とかメッセージのためにキャラを歪めないと同じで、雑誌のためとか売り上げのためにキャラを絶対歪めちゃ駄目
今の時代、ファンコミュニティを作って、ファンから直接原稿料をもらうってことが出来るから、作家はキャラの声以外のことを気にしなくていい。そのファンコミュニティとかファンクラブを作ったりするっていうところを、コルクが手伝ったりしてる。作家の生活が安定していく仕組みを作るっていうことがコルクのやりたいことだから。
例えば最新話はnoteの有料部分で先に見せて、1週間後にTwitterで無料で見せるとかっていうふうにして。

一秒さん:
なるほど、うん。

サディ:
あとは、俺がよく「物語は型だ」って言うじゃない。型を守ってると、キャラのことだけ考えれるからなんだよ。個性はキャラの方に表れるからね。

一秒さん:
確かに『全てがめんどくさいウサギ』も結局、物語の流れとしては私がこれまで観てきたいろんな映画とかマンガとかを全部ミックスして作ってるなっていうのを自分でも感じてます。
打ちのめされて、また誰かに助けてもらって、また打ちのめされてっていう展開は、物語の一つの型だと思うんですけど、その中で主人公の山田がどういう感情を持つかっていうのは、個性だなって確かに思います。

サディ:
まずはキャラが全てだから。もうとにかく、それが全部。

一秒さん:
はい、作家はキャラを守るためにいるんですね。
それを意識して、
とりあえず、山田がどこまでいけるのか私も伴走していきたいなと思います。

ーーーーーーーーーーーー

いかがでしたでしょうか?
『全てがめんどくさいウサギ』は電子書籍でも1巻発売中です。主人公・山田の奮闘がまとめて楽しめますよ。

今回の対談の配信はアーカイブもあります。
より詳しい内容を知りたい方はこちらからどうぞ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?