見出し画像

染め始めた頃のこと

クサギで染めてから、のめりこむように染めにはまりました。それまでもちょこちょこ植物で染めたことはあったけど、きれいに染まらない。それは、ろくに先人たちの経験を調べもせずにいきあたりばったりでやっていたからだということが、数年、染めに夢中になって、図書館で開架されていない古い染色の本を読み漁るようになって、わかりました。ただ、本で興味をもって、こういう植物で染めてみたいと思ったとしても、最初は植物の判別ができませんでした。草木染の本には、これがこういうふうに染まる、と書いてあって写真などもあるのですが、植物は自然の中では単独で整然と生えているわけではなくて、周囲の他の植物と混然一体となって景色の中に溶け込んでいます。季節で姿も変わるので、新しく知る植物を、ある時期の一瞬の姿だけ映しとった図鑑だけを参考に探すのは、とても難しかったのです。

青い色を染められる植物は少なく、日本での代表的なものはタデ藍、琉球藍ですが、藍は、少なくとも私の居住地(北関東)あたりで、そこらへんに生えているものではないので、なにか身近に染められる植物はないかと、当時はあてもなく自転車で里山や河原を散策したものです。とはいえ、植物についての知識もなくただ彷徨っていただけ。でも、あるとき、ふっと、あれ、これは(染色の本に出てきた)クサギじゃないか?みたいに、目の前の植物と本で見ていたイメージがかちっと合った瞬間がありました。本の世界と現実の世界が、自分の中でようやく一致したのだと思います。それから、急にほかの植物も見分けられるようになりました。

クサギは、山と里の境目などに生えている雑木で、小さくて丸い紺色の実をつけます。鳥にはごちそうらしく、夏の里山の境目あたりには、鳥が運んだ種から育ったクサギの小さな木がよくでています。この中から、大きな木に育つまで生き残るわずかな個体が、やがて白い花を咲かせて実をつけます。最初は薄かった色が徐々に紺に近くなっていって、ガクはショッキングピンク、といっていいくらいの強く濃いピンクでコントラストが美しい。

一度、認識できると、遠くからでもわかるようになりました。ある日、たまたま、おそらく昔は山だったのだろう住宅地の端っこで、身を付けたクサギをみつけることができました。でも、届かない。クサギは環境が適していると巨木に育ち、数十メートルになることもあるようで、それこそ羽がないと無理な高みにしか実がついていない。でも、ある日、手の届くところにクサギの実がなっているのをみつけました。

たいした量ではなかったものの、はじめてのクサギの実。臭いからクサギと名付けられたと読んではいたけど、べつにそれほど臭くないと私は思いました。青臭いというか。べつに、不快だったり危険、みたいな匂いではないと私は感じました。

持ち帰って、煮だして染めてみました。初めて染めたクサギの水色は、はかなく透明感のある、本当に美しい色でした。そして、植物染めだと染まりにくい綿が、とてもきれいに染まりました。

それまでも植物で染めてはいたけれど、結果は「染まった」どまりで、美しく染まったとまではいきませんでした。でも、クサギ染めで、植物染色って、こんなにきれいにそまるんだ、という成功体験がはじめて得られました。クサギは採取が難しすぎるし堅牢度も低いので、染めたのはこのときくらいでしたが、このことで、ほかの植物でも必ず美しく染められるはずだ、と確信することができたわけです。

その時から、植物などで染める、ということが私の日常になりました。その染色の延長でやがて糸紡ぎや織りにも入っていくことになりました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?