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ヒタキ 最新の系統樹を読む

キビタキ、オオルリ、ジョウビタキなど、ヒタキの仲間は色の鮮やかな種が多く、探鳥会で見られたらとても人気の鳥たちです。今回は2023年に出版された、ヒタキ科の92%の種の系統樹を明らかにする論文を基にしてヒタキ科の系統を眺めます。ヒタキと、それに最も近縁なツグミの仲間の分類の変遷についても簡単にまとめます。

系統樹の出典

Min Zhao, J. Gordon Burleigh, Urban Olsson, Per Alström, Rebecca T. Kimball
A near-complete and time-calibrated phylogeny of the Old World flycatchers, robins and chats (Aves, Muscicapidae)
Molecular Phylogenetics and Evolution, Volume 178, 2023, 107646, ISSN 1055-7903
Under a Creative Commons (CC BY)
https://doi.org/10.1016/j.ympev.2022.107646

タイトルは「ヒタキ類の年代推定されたほぼ完全な系統」という意味で、Old World flycatchers は昔からヒタキ科だったヒタキ類(後述)、Robins はコマドリの仲間、Chats はノビタキの仲間を指す語です。

この論文の導入ではヒタキ科の鳥の、分類上の変遷について触れます。2000年に入ってからゲノムを読む技術が急速に発達した結果、形態学に基づいてきた過去のヒタキとツグミの分類とは異なる進化系統が明らかとなってきました。
具体的には、例えばイソヒヨドリはツグミ類と考えられてきましたが、ゲノムによるとノビタキに近く、ヒタキ科になっています。

この研究では文献からヒタキ科326種をターゲットとし、うち92%にあたる301種のゲノム情報を6つのデータソースから取得しました。
COI、Cytb、ND2などの領域を基に系統樹を構成します。

考察パートでは、推奨される転属と亜科の分類について述べています。

ヒタキの系統樹を眺める

Graphical Abstract を改変

4つのクレードに分けられ、分類階級としては亜科を充てています。
Clade A : Muscicapinae サメビタキ亜科(ヒタキ亜科)
Clade B : Niltavinae アオヒタキ亜科
Clade C : Cossyphinae ツグミヒタキ亜科
Clade D : Saxicolinae ノビタキ亜科

日本に生息するヒタキ科は次の3亜科です。
サメビタキ亜科:サメビタキ属
アオヒタキ亜科:オオルリ
ノビタキ亜科:コマドリ、キビタキ、ルリビタキ、ジョウビタキ、イソヒヨドリなど

つまり、サメビタキの仲間とオオルリ以外の大概がノビタキ亜科ということです。6版時代の分類(後述)をご存じの方にとっては、小型ツグミ類の中にキビタキが割り込み、旧ヒタキ類が分裂した形です。

ツグミヒタキはアフリカなどに生息する鳥で、模様だけ見たら 𝘊𝘰𝘴𝘴𝘺𝘱𝘩𝘢 𝘤𝘢𝘧𝘧𝘳𝘢 はノゴマみたい、𝘊. 𝘪𝘴𝘢𝘣𝘦𝘭𝘭𝘢𝘦 はムギマキみたい、𝘊. 𝘤𝘺𝘢𝘯𝘰𝘤𝘢𝘮𝘱𝘵𝘦𝘳 はマミジロキビタキ、𝘊. 𝘯𝘢𝘵𝘢𝘭𝘦𝘯𝘴𝘪𝘴 はオレンジツグミ、𝘊. 𝘩𝘦𝘪𝘯𝘳𝘪𝘤𝘩𝘪 はタイワンツグミに似ているなぁと思いました。

本文中でサメビタキ亜科は二つに分かれており、サメビタキ属などが入る Clade A1 と、シキチョウが入る Clade A2 です。

最も大きなクレードであるノビタキ亜科のうち、最初に分岐している系統はオガワコマドリの入るサヨナキドリ属とノドジロコマドリ。残りの系統は次の分岐で二分され、一つにはキビタキ・コルリ・コマドリ・ノゴマが、もう一つにはジョウビタキ・ルリビタキ・ノビタキ・イソヒヨドリ・サバクヒタキなどが入ります。

(論文からはここまで)

ヒタキ科の分類の変遷

ゲノム解析の結果、どうやら日本人にとってはヒタキとツグミという二つの分類があることだけ覚えていたら良さそうです。
でも少しだけ、ヒタキ科(とツグミ科)の分類の変遷(混乱の歴史?)を、日本鳥類目録をもとにたどってみましょう。

1.地上はツグミで樹上はヒタキ
5版まで、"ツグミ" と "ヒタキ" は地上性か樹上性かといった分類でした。それぞれが "ヒタキ科" の中の亜科に位置づけられ、 "ヒタキ科" には他にウグイス(現在のヨシキリ科やムシクイ科など)、カササギヒタキ(サンコウチョウが属す)などの亜科が含まれました。
地上か樹上かという分類は、観察している限りとても使いやすく、かなり納得のいくものです。実際にジョウビタキが地上で採食する姿はまさにツグミ類を小さくしたようです。
しかしながら、それは地上で生きるか樹上で生きるかによって各々の形態が似た結果だったため、進化系統とは必ずしも一致しませんでした。

2.大きなヒタキ科の分裂
6版では、ヒタキ科とツグミ科が分けられました。ジョウビタキやルリビタキは形態からツグミ科に含まれており、「ヒタキなのにヒタキ科じゃない」として混乱を引き起こしました。(確認ですが現在はヒタキ科です。)

3.ツグミ科を消す?
7版ではツグミ科が無くなり、ツグミ類とヒタキ類がヒタキ科になりました。一方でゲノムの情報が反映された結果、ヒタキ科に近い鳥はムクドリ科やカワガラス科などであり、ウグイス科はそれよりも遠く並べられました。

4.体の大きなツグミ類だけをツグミ科に
現在の見解では、日本のツグミ科はトラツグミやツグミを含む3属のみになりました。ジョウビタキなどは「名前のとおり」ヒタキ科です。

以上が全体の流れですが、細かく見るとさらにヒタキとツグミの中で混乱している種がいました。
日本に生息する種ではイソヒヨドリがそうです。イソヒヨドリは大型のヒタキ類で、その姿はとてもツグミに似ています。英名はThrush(ツグミ)と付いており、長らくツグミだと思われてきたようです(日本語はそもそもヒヨドリと付けてしまっていますし、人里の鳥では無かったためどう思われたかよくわかりません)。Vaurie, 1955 はノビタキに近い仲間であることを示唆しましたが、Sibley & Ahlquist, 1990 ではツグミ類とされ、英名のせいもあってかツグミの仲間という認識が定着しているようです。
認識はさておき、分類学上は Gary Voelker, Garth M Spellman, 2004 においてミトコンドリアDNAよりヒタキ類に落ち着きました。

ツグミのような仕草をするイソヒヨドリの雌

逆に、ヒタキからツグミ科に移動した鳥には、アメリカ大陸のルリツグミ属やヒマラヤのムラサキツグミがいます。これらの「青いツグミ」はツグミ科の中で初期に分岐した系統です。
ルリツグミもムラサキツグミもツグミと名がついていますので、ツグミ科になってわかりやすくなりました。英語ではルリツグミを Bluebird と呼ぶので、ヒタキかツグミかは正直どちらでも良さそうです。

アフリカ南部に生息し、ヒヨドリとツグミを合わせたような形のイワトビヒタキ(Boulder Chat)もヒタキ科からツグミ科に移動しました。

ヒタキってなんだろう

日本人にとっては、ヒタキやツグミの仲間でヒタキが語尾につくのはヒタキ科、ツグミが語尾につくのはツグミ科というわかりやすい分類に落ち着きました。
分裂と結合を繰り返してきた「ヒタキ」ですが、そもそも日本人がどの鳥のことをヒタキと呼んでいたかと言うと、その語源はジョウビタキにありそうです。

ヒタキは、語源を漢字で書くと「火焚き」とされます。ジョウビタキやルリビタキの出す「カッカッ」という音を、火打ち石の音に見立てた名前です。夏に見られるキビタキやコサメビタキはどうやら火を焚きそうな音を出さず、語源の「火焚き」要素は持っていないようです。
ジョウビタキは開けた人里にもよく見られる身近なヒタキ科ですので、おそらくはジョウビタキのことを火焚きと呼んでいたのではないかと想像します。また、ジョウビタキの橙色や、灰色の頭部は「火」を連想させる色ですので、名前の浸透しやすさを考えるとジョウビタキはよく当てはまっていると思います。

火を連想させるジョウビタキの雄

一方、ヒタキ類の英名にあたる "flycatcher" は日本語のヒタキと異なる範囲の鳥を指すようです。その証拠に、ジョウビタキは "flycatcher" ではありません(赤い尾という意味のRedstartと呼ばれます)。本稿で紹介した論文タイトルにおいて、ヒタキ類のことを "Old World flycatchers, robins and chats" と表現していたように、"flycatcher" はヒタキ科の一部しか表さず、またヒタキに似た別の鳥も表す語のようです。

ヒタキ科の模式属はサメビタキ属ですので、おそらくは "flycatcher" という語の代表選手はサメビタキ属のような灰色の小さい鳥でしょう。flycatcher は虫(飛ぶ虫)を捕まえるという意味ですが、このような鳥全体に当たり障りの無い名前がついているのは、その語源が地味な鳥である由縁と思われます(日本語ではムシクイという名前が色や模様が地味な鳥につけられています)。

さて、分類学ではよくあることですが、ヒタキflycatcher の指す鳥が厳密には異なっていると、分類名がややこしくなります。
本稿では Muscicapinae をサメビタキ亜科(ヒタキ亜科)としました。この亜科にはヒタキ科の模式属が含まれるため、「ヒタキ亜科」という名前を採用するのであればヒタキ亜科は Muscicapinae です。ところがこの亜科にはキビタキもジョウビタキも含まれないため、ヒタキ亜科と名乗るには不自然にも思えます。どうしてもヒタキ亜科という名前が必要でなければ、サメビタキ亜科のほうがわかりやすいと思いました。

ツグミの系統も見てみる

最後に Olsson and Alström, 2013 などに基づいてツグミ科の系統も眺めてみます。

ツグミ科系統樹の概略

ツグミ科はヒタキ科に最も近縁な仲間で、平均的にツグミ科のほうが大きいです。
まずムラサキツグミやルリツグミが分岐しており、次にトラツグミ属が分岐しています。マミジロはトラツグミ属に含まれていましたが、よりツグミ属に近いジツグミ属として分割しています。

ツグミ属は最も多くの種を含んでおり、3つのクレードとそれ以外という構造になっているようです。日本で見られるツグミ属は、ウタツグミとヤドリギツグミを除いて Eurasian Clade に属します。ヤドリギツグミはトラツグミ属のいくつかの種にとても似ていますが、ツグミ属の根元の系統に位置づけられます。

ツグミ科の系統樹を眺めると、アメリカ大陸でものすごく多くの種に分岐していることがわかります。ここに上げた図はユーラシアの種に着眼したので省かれているのですが、ルリツグミ属、チャツグミ属、ムナオビツグミなどはアメリカ大陸に固有の属ですし、ツグミ属の American Clade に属する種も多いです。
実はヒタキ科はアメリカ大陸に分布しておらず、この点はツグミと対照的だと思います。ヒタキ科の居ないアメリカでは、 "flycatcher" の語はツキヒメハエトリなど、タイランチョウ科(Tyrannidae : new world flycatchers)のことを指します。

ヒタキとツグミ、近縁な2つの科に属する鳥たちは、なぜだか分類がとても気にかけられている気がします。結論的にヒタキと名の付くジョウビタキやルリビタキ、キビタキなどはヒタキ科に含まれました。イソヒヨドリはノビタキやジョウビタキに近い仲間でした。キビタキはコマドリやコルリに近い仲間でした。キビタキ、オオルリ、コサメビタキはそれぞれ異なる亜科に含まれそうです。
分類のことがわかって識別の足しになるのかならないのか?分類を気にしようとしまいと、ヒタキのことを少し知ることができて、観察が楽しみになるなら素敵だと思います。

参考文献

Min Zhao et al., A near-complete and time-calibrated phylogeny of the Old World flycatchers, robins and chats (Aves, Muscicapidae), Molecular Phylogenetics and Evolution, Volume 178, 2023

Gary Voelker, Garth M Spellman, Nuclear and mitochondrial DNA evidence of polyphyly in the avian superfamily Muscicapoidea, Molecular Phylogenetics and Evolution, 2004

Romina Batista et al., Phylogenomics and biogeography of the world's thrushes (Aves, Turdus): new evidence for a more parsimonious evolutionary history, Proceedings of the Royal Society B, 2020

U. Olsson, P. Alström, Molecular evidence suggests that the enigmatic Sulawesi endemic Geomalia heinrichi belongs in the genus Zoothera (Turdidae, Aves), Chinese Birds, 2013

TiF Checklist http://jboyd.net/Taxo/List26.html

Birds of the World
Peter Clement and Ren Hathway, 2000, Thrushes (Helm Identification Guides) 
日本鳥類目録改訂第7版
日本鳥類目録改訂第3版
フィールドガイド日本の野鳥 初版第8刷 1986


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