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クアラルンプール駆け足1週間の旅 4

マスジット・ジャメ (2015年7月12日)

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クアラルンプールには、ちょうど足かけ1週間の滞在でしたが、帰国の前日、クアラルンプールで最も古いといわれるマスジット・ジャメモスクへ出かけました。ただ、このモスクがあるモノレールのマスジット・ジャメ駅は、中華街や町の中心部に出るときに通るので、駅のすぐ目の前に広がるこの美しいモスクはすでに何度か目にしていました。“異教徒”の女性でも、ベールを借りて中に入れると聞いていたので、一番最後の目的地として残しておいたのです。

ところが、私が張り切って出かけたその日は、金曜日だったのです。うっかりと曜日のことなど考えていませんでしたが、イスラム教徒にとって、金曜日は一日礼拝の日で、異教徒どころか、イスラム教徒でも女性は中に入れないのです。明日は帰国しなければならないし、自分のうかつさに歯ぎしりせんばかりだったのですが、これはもうどうしようもありません。

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モスクの外から写真など撮っていると、ちょうどお祈りの時間で、高らかにアザーンが響き渡りました。その声を録音してから駅の階段を上り、あまり気が進まないけれど、クアラルンプール一の繁華街、ブキッ・ビンタンにでも行ってみようかと思ったのですが、高架になっている駅のホームに出ると、こんな光景が突然私の目の前に広がったのです。

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マレーシアではイスラム教が国教となっています。総人口およそ3000万人のうち、2000万人近くの人がモスリムであり、この日この時間には、全国至る所で、彼らはいっせいに神に祈りをささげているのです。また、お隣のインドネシアは、世界最大のモスリム人口を抱えている国であり、およそ2億のイスラム教徒がいるといわれています。そして中国全土には、回族というイスラム教徒がおよそ1000万人、新疆省には、ウイグル族などのイスラム教徒がやはり1000万人ほど存在し、次の世紀を待たずに、イスラム教徒がキリスト教徒を越えるといわれています。(これらの数字はとても大雑把なものです。)

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イスラム教というと、何となく、砂漠や荒れた岩山に囲まれた中近東をイメージしがちですが、年中湿度80%という熱帯雨林に囲繞された「東南アジア」や「南アジア」に、こんなにも多くのモスリムがいるのだということを、あらためて肝に銘じさせられた光景でした。

ところで、日本で暮らすみなさんの中には、モスクの内部に入ったことがないという方も多いのではないかと思います。私はモスクという宗教建造物が特に好きで、イスタンブールやカイロやダマスカスやウルムチなどなど、けっこう有名どころに入っています。何をしに入るかというと、美しい建造物を見学するのはもちろんですが、他にも目的があるのです。

だいたいが暑いところにあるし、私はいつもテクテク歩くことが多いので、モスクに着くまでにすっかり疲れてしまい、ひんやりとしたモスクの石の壁にもたれて、しかも女性は入り口ですっぽりと身体が隠れるベールを貸してくれるので、それを目深に被ってしばし休息をとるのです。

モスクの内部というのは、まったくのがらんどうで、何もありません。大きなモスクに行くと、イマームが説教をするための階段状の説教台がありますが、イスラム教は偶像崇拝が禁止されているので、仏像やキリスト像や祭具や旗幟の類などなど、いっさいないのです。

そもそもモスクは、唯一絶対神のアッラーに祈りを捧げる‶場所″であって、お寺やキリスト教会のように、それ自身が信仰の対象となるところではないのです。もちろん、お祈りの時間帯には、神への絶対帰依の精神が要求されますが、それを除けば、私のような異教徒の女性がうたた寝をしていても、お目こぼしと言うか、一度だけ棒を持ったおじさんに何かいわれましたが、他に問題になったことはありませんでした。ただし、これは私が特別にズーズーしいだけなのかも知れないので、マネしないでください。

イスラム教がいっさいの偶像を排除するというのは徹底していて、私は以前、中国の回族の埋葬を見せてもらったことがあるのですが、まったく驚愕の連続でした。80代の男性でしたが、遺体に衣装を着せることはなく、白い布で包帯みたいに全身ぐるぐる巻きにするだけです。棺というものもありません。洞窟のように掘り抜いた穴に遺体だけを埋めるのです。遺体を運んだ台は共同体で使いまわすそうです。供え物などもロウソク1本ありませんでしたが、墓穴の壁にはびっしり一面にコーランの1節が書き込まれていました。(もちろんこれらは私が直接見た、中国黒竜江省のモスリムの埋葬であって、一般化はできないです。)

で、なんで私がそんなものを見せてもらうことができたのかというと、ただ単に通りすがりに葬儀らしきものをやっているのを見つけて、私が親族と思しき人に話しかけたら、そんなに遠くから来てくれた旅人に参列してもらうのはありがたいから、ぜひ故人の顔を見てやってくれといわれたのです。

日本ではあり得ない展開ですが、私は参列者の列に並んで、おじいちゃんの顔を拝見しました。キリッとしたきれいな顔をしている人でした。その流れで、墓地まで一緒に行って一部始終を見せてもらったわけです。

(突然話は飛びますが、その墓地に日本人女性の墓が一基ありました。中国人と結婚して、今は同じ墓に眠っています。この場所はチチハル、満蒙開拓団が地獄の逃避行の末に、幼子を中国人に預け、もう少し大人になっていた少女の中には、日本人残留婦人として、中国人と結婚してこの地で人生を紡ぎ、終えた人が何人もいました。)

日本人にとって、イスラム教というのが仏教はもちろん、キリスト教と比べてもはるかに遠い世界の宗教だというのは私にもわかります。ただ、私の経験上からいうと、モスリムというのは、神との関係性が唯一絶対であるからこそ、現実世界での人間関係には、きわめて寛容で開放的なところがあるように感じるのです。

旅の終わりに (2015年7月13日)

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今回私が利用したのは、マレーシアに拠点をおくLCC(ローコストキャリア)のAir Asia X です。国内線はAir Asia といって上の写真です。このおじさんが創設者なんでしょうね。国際線には、白地のX(エックス)の中にロゴが入ります。

関空から6時間半、料金は往復で31,250円でした。JALなんかの半額くらいです。で、このLCCをだれが使うかというと、日本人はほとんどゼロに近くて、行きも帰りも多分私ひとりでした。通関のときに並ぶ列が違うからわかるのです。多分日本人は、‶安かろう 悪かろう″ で、危険じゃないかと不安が残るんでしょうね。でも、機体整備は大手と同じ所でやるわけだし、落ちる時は一緒です。

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中国にも春秋航空というLCCがあって、最近はいつもこれを利用しています。上海-名古屋で片道1万円を割ることもザラです。一度キャンペーンで、3000円ほどで乗りました。この写真は春秋航空で。大人気の日本製電気釜です。

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これはクアラルンプールから関空に戻るときですが、遠くにマラッカ海峡がよく見えました。その後、熱帯樹林帯の上空を飛んで、南シナ海に出ます。

クアラルンプールから関空に戻ったのは午後10時を過ぎていました。LCCは安い分、発着の時間帯が悪いのです。空港から梅田までは午前2時までバスが出ていて、私はそのバスに乗って梅田に行き、ファストフード店で時間をつぶして、朝5時のバスで松本に向かったわけです。

で、このときのAir Asia の私の隣席に座っていたのは、インドネシアからやってきた家族連れで、税関を出たところでぼんやりしていたので、何かお手伝いすることがありますか?と声をかけました。すると、大丈夫です、朝まで待って国内線に乗り換えて札幌に行くのだと答えたのです。やっぱり北海道が憧れの地なんですね。とりわけ生涯雪を見ることがない人たちにとっては。

もうひと組ベンチに座り込んでいたカップルと話したのですが、彼らもインドネシア人で、朝になったら天王寺まで出て、谷町の方にある、インドネシア人がよく泊まっている民宿に行くといっていました。初めての日本なのに、友達同士でいろんな情報を交換し合っているようで、ちょっと驚きました。

私は午前2時のバスに乗るまで3時間ほど空港のロビーにいたわけですが、空港で夜明かしをしていたのは、中国人、韓国人、マレーシア人、インドネシア人……で、日本人とか欧米人にはひとりも出会いませんでした。徹底的に“アジア”だったのです。

ただ、空港で働いている日本人はもちろんいました。24時間オープンのマックとローソンがありましたし、電子翻訳器などというものを駆使しているガードマンもいました。聞いてみると彼はまだ高校生だそうで、つい最近始めたバイトだといっていました。深夜バスの係りの若者もいて、カタコトの中国語で頑張っていました。最近は日本を訪れる観光客が、とりわけアジアからのお客さんが増えて、その分こうやって空港で夜明かししたりする人も増えたのでしょう。新しい雇用も生んでいるということだと思います。

“アジア”へ向かった1週間の後に、深夜の関西空港で、また新しい“アジア”にも出会うことができたと、時代の流れをしみじみかみしめた旅の終わりでした。


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