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中国甘粛の旅2 母なる黄河

甘粛の旅 その2 (2015年5月16日)

到着が早かったので、ホテルにチェックインする前に、黄河の畔の公園をぶらぶらしてみました。蘭州市というのは、黄河に沿って東西に細長く開けた町です。河畔に整備された市民公園は、どこまでも延々と続いていて、1時間ほど歩きましたが、まったく終わりが見えませんでした。

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私がこれまで見ている黄河はずっと下流の山西省ですが、ここまで上流に遡っても、河幅が広いのに驚きました。むしろこちらの方が磧口で見る黄河よりも広いくらいなのです。で、上流のせいでしょうか、水の色こそ同じですが、河畔に打ち寄せる水面は、はるかにきれいで、ゴミもまったく浮いていませんでした。磧口あたりでは上流からビニールの破片や発泡スチロールゴミなどがどんぶらこと流れてきます。

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土曜日のせいもあってか、河畔の公園はおおにぎわいで、ダンスする人、太極拳をする人、家族連れで散歩する人、そして何より、子どもたちがわんさかいて、少子化の日本ではうらやましいような光景でした。

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クジャクのオリがあって、10羽くらい放し飼いにされていましたが、残念ながら‶雄姿″は拝めませんでした。

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水車公園というのもあって、大小の水車がぐるぐる廻っていました。もちろんかつては黄河の水を使った動力として活躍していたのでしょう。シルクロードの要衝ですから、東方、南方から来た人、西方や北方からやって来た商人たちがこの地を中継点として、さまざまな交易が行われたのだと思います。

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まさに今日到着したばかりですが、蘭州の第一印象は、“あか抜けている”なという感じです。甘粛省といえば、中国でももっとも貧しい省といわれている地域のひとつですし(のはずだし)、“かつて繁栄を誇った”シルクロードの通り道ですから、なんとなくもうちょっと乾燥した殺伐とした雰囲気を勝手に想像していたのですが、ぜんぜん違っていました。

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黄河沿いにずーっと続いている市民公園はきれいに整備され、ゴミもほとんど落ちてなくて、行き交う人々の表情も明るく余裕がある感じなのです。至る所できちんと管理された花壇の花々がほころび、シャレた花鉢や木道や噴水などがふんだんにちりばめられて、この公園を見ている限りは、市民の生活は豊かで落ち着いているように思えました。

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そしてバス停でも、山西省と違って、人が並んでいるのです。バスが到着しても我先にと争うようなこともありません。山西省、とりわけ呂梁暮らしにすっかり慣れきってしまっていた私にとっては、これは瞠目に値することで、やっぱり限られた範囲で、“中国人は……”という言い方をしてはいけないと、重ね重ね反省することしきりです。

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その上に驚いたことに、街で出会う人々は、みな標準語を話しているのです。老人でも。ときどき少数民族か、イスラム系の人々のまったく聞き取れない言葉にも出会いますが、彼らとてきっと標準語も話せるのでしょう。中国政府の同化政策のたまものはともかくとして、旅行者にとってはありがたいことです。

私もほんとうに狭い地域で長く暮らしてきて、所用があるとき以外に出たことがないので、まるきり“山西人”になってしまっていたんだあなぁと、つくづく思う蘭州初日でした。

*トップの写真は、黄河の畔に立つ塑像「母親河」(母なる黄河)。1986年建造。





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