見出し画像

双子だけど、そのまえに一人の人間であるという感覚

二人で勝ち取ったとか、二人で一人ですからね、とかそういう「双子独特のワード」に当事者である一卵性双生児(いちらんせいそうせいじってこう書くんですよね。)の私はなかなか苦しまされたなと思います。

スポーツの世界でも勉強の世界でも、分かりやすく比較がされやすい対象である双子。オリンピックでは、とある双子の選手がフィーチャーされて(いるように私が特に感じてしまうのかも)、違和感を感じて、白紙のnoteにタイトルを真っ先につけ少しだけ書いたらあとは下書きに1ヶ月くらい眠っていました。

そしてふと目についた、みきさんのこのツイート。

なんとすてきな由来&考え方のご両親なんでしょう。(みきさんのツイートからはほんとにいつも笑顔と元気をもらっています^^)

プレゼントか。みかちゃんみほちゃん(仮)というような、双子あるあるの名前ではなく、そういえば私は「なつめ」という唯一無二の名前をプレゼントされたな。

名付けたのは父ですが、よくこう言ってました。「双子っぽくない方がいいだろ」その通り、私はひらがな三文字なのに対し、双子の姉であるもう一人は同じ三音でも漢字一文字。「名前を見た感じ、双子という感じしないね」と色々な人によく言われていました。(ちなみに二つ上に長女がいますが、三音で漢字二文字。3人の名前を字だけ並べるとほんとバラバラです。)
これを、今まで私は“父がひねくれものだから”と思っていました。なかなか自我が強く、頑固で哲学的なひとなので、その延長という感じで。(娘もしっかり血を受け継いでいる)

でもみきさんのツイートを見て、プレゼントと思ったことはもちろんあったものの、双子だからこそより「一人」と「一人」に対して想いを込めてつけてくれたのかな、と気付くことができました。「双子っぽくない方がいいだろ」父はもともと言ってくれていました。ひねくれていたのは私の受け取り方ですね。

しかしそんな娘も、ファインプレーをします。実は、双子の名前それぞれが入った句が万葉集にあるのです。それをたまたま古文の勉強をしていた際に知り、双子は興奮して父に報告。もともと、名前の由来は双子っぽくないものということと、『植物』というつながりで、あとはそれぞれの名前に思いがあったことを聞いていただけに、約4500首の歌が収められている万葉集のなかのその一句で双子がつながるなんて、感動的でした。
父も「そうなんだー!」と言っていました。


最後にちょっとだけ。身近に多胎児の方がいらしたら、ぜひ「一人の人」として接していきたいんです。というのも、このイベントで“双子として感じてきた感覚”についてお話ししたときの皆さんの反応が印象的だったので。

「あれ、もう一人は?」などと聞かれることがとにかく多くて。おそらく悪気なくつい“セット”で捉えられているんですよね。もちろんそれでありがたいこともあります。珍しさはもちろんあるのでしょうし、双子という共通点だけで一気に意気投合できたり。(そう言えば双子以上の多胎児の方とは出会ったことがないなあ)生まれ変わったとしても双子で生まれたいです。何より、もう一人のことがそのくらい大切なので。

でも。
一方で私は私なのに、とか私のことだけを見て、みたいな思いが幼いころから大小ありました。なので私は唯一無二の、一人の人として接することをより強く大事にしたいです。双子である私こそ、こういうことも発信できるのかもしれませんしね。



あとがき
いつもはあとがきとか書かないのですが、今回は特別に。このnoteを書きながら色々調べていたら、ちょっと感づいちゃったことがありまして。それがこちら。

キャプチャ

サジェストで出てきた「万葉集 名前 女の子」。。。

父はもともと国語の教師。もう一人の名前の方が先に決まっていて、それは源氏物語からもってきていると聞いています。決めたその名前を万葉集で調べていたら、句に出てきていいなと思ってわたしの「なつめ」が決まったのかもしれないです。笑
でも、父が内緒にしていたのだったとしても、一人と一人として名前を付けてくれたことに変わりはありませんね。私の胸にそっとしまっておくことにします。いつか私に子どもが生まれ、名前の由来などの話になった際に、ふと父に聞いてみようかなと一人こっそり考えてみたりして。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?