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【日曜小劇場】男のスマホを覗く女は嫌われる勇気がない。のかもしれない

昔から知らない人に話しかけられることが多い。どちらかといえば声をかけるのは女性が多いが、たまに知らない男性からも話しかけられる。

大阪のおばちゃんエステシャンが「知らない人から道を聞かれるような愛嬌のある女になったほうが得よ」と『お得な女の定義』を教えてくれたことがあるが(頼んだ覚えはないのですが)、私はこれまでたくさん道を聞かれたことはあるけど、そこからドラマチックな展開はなく、ましてや得した覚えもない。スマホナビが浸透してから、道を聞く人を探すよりもスマホ画面を見る人が断然多くなったと感じる。
とはいえ、私は相変わらず打ち明け話をされることが本当に多い。

鎌倉の飲み屋で隣の席の女性が打ち明ける。「夫が記憶喪失になって」

コロナの前のことだ。鎌倉にあるつまみが美味しくて、ミュージシャンというバーテンダーの自慢話が面白く、修業中の若いお坊さんや建築家や地元のライターなど個性的な人たちが集う飲み屋さんで、隣に座ったアラサー女性から「実は2年前に夫が単身赴任で大阪に住んでいた時に階段から落ちて、私と知り合った頃から落下した時までの記憶が全部なくなってしまったんです。それがきっかけで『この人のこと愛していなかった』ってわかって、それで離婚したんです。今は好きな人がいないんですけど、恋したいです。どうしたらいいんでしょうね」と打ち明けられた時はびっくりして、思わず飲みかけのグラスワインを落としそうになったことがある。

なんでも元夫との出会いは、学生時代から恋焦がれていた男と交際したものの破局し、その失恋の直後だったとか。アタックされているうちに「こんなに私のことが好きな人はもういないかも」と弱気になった女性は失恋のトラウマが残るまま付き合うこともなって、望まれて結婚したが、落下事故によって自分のことも付き合いから結婚生活までの記憶が全部失ってしまった夫は悲しいほど他人以下で、それでも彼を愛しているかといえば愛していないということが分かったのだという。

思い出って残酷だね。一方が忘れてしまったら、相手も忘れてしまうといいのに。片方が覚えているということは、完全に他人同士になれないことかもしれない。
夫の不慮の事故によって「愛している」「愛していない」という愛の修羅場を経験したこの女性。どうかトラウマにならないでほしい。ぎりぎりのところで選択した彼女は、トンネルから抜け出た自分をもっと評価してあげるといいな。

いきなり打ち明け話をされるのは、お酒を飲んでいる時だけとは限らない。素面の時も私はいつのまにか「王様の耳はロバの耳」ではないけど、隠していたことを打ち明けられることが多い。きっと見ず知らずの人のほうが人は本音を話しやすいのだろう。

コールセンターの隣の席の女性が打ち明ける。「男のスマホを覗いたの」

去年コロナ関連のコールセンターでバイトをしたときのこと。
そこでも隣の席の女性から、仰天するような出来事を打ち明けられた。

コロナ関連のコールセンターは、感染者が増加するとオペレーターを大量募集し、減少すると簡単に雇い止めにする。それでも勤務を希望するのは高時給だから。
私も時給1800円という高額時給につられ、しかも週3可能というゆるい条件も気に入って応募すると採用された。ところが3か月も経たないうちに、8時から21時までの“通し”で週5日勤務の、私よりスキルが不足している男性たちをセンターは残し、週3の私は更新がなかった。しかも更新なしの宣告をされた私は別室で自習あるいは早退者対応の要員として待機されるはめとなった。これは実質的な“生殺し”で、耐えられない“別室組”の中には、自主退社をする人もいた。それこそセンターを管理する会社の狙いなのかもしれない。

次が見つかるまでの我慢と決めた私だったが、悔しかったですね。バイトより本業やこれまでのスキルを活かした副業で生活したいのはやまやまだけど、そちらのほうがうまくいかないから、我慢するしかなかった。
執筆業は本当に大変だ。旧統一教会問題でブレイクしたジャーナリストの鈴木エイト氏は、不動産で妻子を養っているという。他人ごととは思えないくらい、考えさせられる。

さて自習室には更新なしのオペレーターだけでなく、更新ありも混じるようになり、十数人が送り込まれた。でも自習室組の基準も不明のまま。更新なしの私や一部のオペレーターがセンターに呼び出され、仕事をさせられることもあったが、呼び出される理由もわからず、ただただ従っているしかなかった。お金のために働くとはこういうことなのね、、、、
後日自習室に数台の電話が置かれ、オペレーターをやったり自習したりと、別室は暇なセクションになったので、当然のように無駄話をする人が増えた。私も話しかけられたりするうちに、適当に無駄話に参加した。屈辱的な扱いを我慢するには気晴らしも必要だったのかもしれない。

単なる無駄話から、愛の問題に発展していく

11月のある日の午後。自習するのもかったるくなった私は、隣の女性に「来月の更新ありますか」と尋ねた。すると週5勤務の女性は更新ありと答え、それがきっかけで「でもスキルがあまりないんですよ」と不安げな口調。そのうちバツイチであることを打ち明けられた。
無駄話の延長で私が「離婚の原因はなんですか。よかったら教えてください」と聞くと、「これを言ったら、前に隣の女性がドン引きしてしまったので」となにやら意味深なことをほのめかす。そんなことを言われたら気になるではないか。
自習室は静かだった。秘密を打ち明けられるのはうってつけの環境だ。

「私は難病を克服したことがあるせいか、あまり驚かなくなったんですよ。だからきっと話しても大丈夫ですよ」

すると女性が堰を切ったように話し出す。あふれ出る。出る、出る、出る、その洪水に私もつい飲みこまれそうになった。

女性の離婚の直接の原因は夫のスマホを覗いたこと。
23歳で結婚した彼女は結婚生活10年で、子供がいなかった。平々凡々と続く結婚生活を「こんなもの」と思っていたという。
ところがある日、夫が急にうきうきしていることに気づく。外出するときのファッションもカラフルな色調でおしゃれだった。不審に思った彼女が夫のスマホを覗くと、そこにはー――
共通の知り合いの夫婦の妻に片思いをしていたことがわかったんです。不倫はしていないけど、でも私以外の女性が好きだなんて、、、、

愛されるのは難しいけど、愛され続けられることはもっと難しい。
二人だけの生活が10年も続くと、マンネリが生じることも当たり前かもね。
他の女性を好きになって、初めて妻の存在がかけがえのないことを知る夫もいるけど、
この妻は「ずっと私だけを愛してもらいたかった」というケース。だったら愛される努力をしたらよかったのに。

どちらかといえば女性の味方の私ですが、この女性は「夫にかなり手厳しい」と感じた。プライドが高いという感じではなかったので、おそらく純粋なのだろう。
純粋とは大人ぶった成熟から限りなく遠いもの。だから美しく見えるのかもしれない。
でも純粋ということは、未熟ともいえるではないだろうか。

隣の女性は離婚後、すぐに新しい男性と出会って、スピード婚約したという。羨ましいなあ~
ここで彼女が打ち明け話を中断した。
「もっと先のことを聞きたいですか?」
ふ~む。この先の話はドン引きされるものらしい。きっとエグい内容なのだろう。
そこで私がズバッと切り返す。

「婚約者のスマホも覗いたの?」

大きく目を見開いて私を見つめる彼女は明らかに動揺していた。そして「そうです」と素直に頷いた。
彼女は次のように続けた。
ある夜目が覚めると、隣ですやすやと寝息を立てている婚約者がいる。その顔を眺めながら、どす黒い欲求が渦巻いてきたという。
そして婚約者のスマホを覗いた。そこには彼女が知り得ない男の裏の顔があったー――

「キャバクラで働いている女性とホテルに行って、お金を渡していました。女を買っていたんです」

ふう、婚約者が買春。なかなかハードな現実だ。

「さらに大学時代の友達夫婦の奥さんと不倫をしていたんです」

買春に不倫。そういう女性の付き合い方をする男性の割合はどのくらいなのだろう。
少数派であってほしい。

でも婚約者が、私に『君と付き合ってから二人に会っていない。だから許してくれ』って。でも私、どうしても許せなくて婚約破棄をしたんです。親同士の挨拶をして、式場の予約までしたのに。でも別れてよかったのかと言えば、彼のことが忘れられなくて

「別れてよかったってわけじゃない」
「彼のことが忘れられない」

その瞬間、ドーン!と堪えに堪えていた恋の決壊が破裂した音が聞こえたような気がした。、
誰もがやる気のないコールセンターの自習室の静寂さが、彼女の後悔の念をますます高めていく。
腐ったような時間と空間。高時給だけが目的の、うわべだけの自習と称する「捨て駒」たちが集められた部屋で、無駄な時間が流れていた。
そんなよどんだ空気の中で、男のスマホを覗いて不幸になっている彼女の告白は、腐りきった全ての世界から、救われたいという願いがあふれ出ている。

「婚約者との間に信頼がなかったの?」

そう尋ねた私は、すぐ後悔した。
信頼という言葉を軽々しくいってはいけない。信頼は積み重ねから生まれてくるもの。時間がかかることを私自身が一番よく知っている。
20代の初めに、好きだった彼と一日8回セックスをして頭が真っ白くなったことがあった。2年越しの片思いの彼とやっと恋人になれた私は、彼だけが全てだった。
ところが結婚したいと言っても「今はダメ」と断られた私は、ふっと浮気をしてしまったのだ。あんなに好きだったのに、恋と信頼関係は別次元のことだ。時間が経ってからやっと理解できるようになった。

「付き合ってすぐに婚約したから、信頼関係はこれからと言う時に、スマホを覗いたのね」
そう言い直すと、彼女は素直に頷いた。

「スマホの中の彼は、あなたが知らなかった人で、そこにいた彼はあなたが嫌いな彼だった。でももし、スマホの中の彼が清廉潔白だったら、あなたは彼に愛されているという自信が持てたのかしら?」
彼女の表情が少し曇る。

「本当は彼に嫌われたくて、スマホを覗いたんじゃないの?自分が彼に愛される女なのか、自信がなかったから覗いたら、別人がそこにいたから“やっぱりそうか”って納得したんじゃないの?。自分が愛されるのにふさわしい男じゃなくて、ほっとしたのではないの?」

「あっ」と彼女は小さく声を挙げた。
愛される自信がない女は男に嫌われようとする。その行為がスマホを覗くということだった。
純粋な彼女から見ると、彼は下品な行為を繰り返す嫌悪されるような男。
それでも彼を忘れられないという。だったら愛のためにするべきことは一つしかない。

「まだ連絡ができる相手なら、自分の気持ちを伝えてみたら?
愛される自信がなくて、もっとあなたを知りたいと思ってスマホを覗いたら、私が知らないあなたがそこにいたから、別れることにしたけど、反省しているあなたのことを嫌いになれないって。だからもう一度会いたいって」

するとー――彼女の反応を見届けるには、時間がなさ過ぎた。
SV(管理者)がそばによってきて、私にセンターに戻って業務に就くように指示したからだ。
準備をしながら、目は隣にいる彼女に向いている。でもパソコン画面を無言で眺めている彼女の横顔から、表情が読み取れない。
その後、彼女とセンターで会うこともなかった。

一面に広がる白い砂浜とどこまでも透き通る透明感ある海。まるで天国のように美しいけど、白い砂浜の砂が全て純白とは限らない。砂の中には必ずと言っていいほど不純物が混じっている。
それでも白い砂浜が美しく感じられるのは、そこに様々な生物が生息していて、砂の一部となっているからだろう。
純粋は最強だ。でも万物は純粋だけで成立できない。
愛も同様だ。純粋だけで愛の問題を解決することは難しい。純粋に縛られず、時には相手を許すことが修復に必要な時もある。
許し合うことで信頼関係を築くことができることもあるのだから。

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