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三十九日目 負け犬

 近所の可愛いお姉さんが連れているトイプードルが、私を噛んだ。
 私はびっくりした。
 お姉さんと負けず劣らずキュートな顔をしている仔犬の獰猛さと豹変ぶりに。
 でも、申し訳なさそうにオロオロと謝るお姉さんを見て、私は「全然大丈夫です」と格好をつけてその場を後にした。
  実際、そのときは痛みも何も感じなかった。
 けれど、一人になってみると、噛まれた右の手のひらがジンジンと疼く。
 傷口は、歯形がぽつぽつと二つ、まるで吸血鬼に噛まれた痕かのように残り、赤くなっていた。
 そして、その傷と睨めっこしているうちに、思いもよらない記憶が私の中に渦巻いた。
 それは前世とでも言うのだろうか。
 今の自分とは違う、知らないはずの他人の記憶だった。
 しかし、それはいずれも似たり寄ったりの人生で、お世辞にも幸せなものとはいえなかった。
 「犬に噛まれて思い出したのが、自分の負け犬人生なんて洒落にもならないわ」
 中学三年の冬。
 私は、今世の行方を思って、ちょっぴり不安になった。

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