水の少女2

キーンコーンカーンコーン…とチャイムの音が鳴る。今の僕にとって一番聞きたくない音だ。
「おい、サッカーしようぜ」
「いいぜ。でもボールはどうする?」
「そこにちょうどいいのがあるじゃねえか、なあ」
高岡君のあざ笑うかのような視線が突き刺さる。
祥子さんに会った翌日、憂鬱な学校での日常に全くの変化は見られず、相変わらず高岡君と吉岡君は僕を憂さ晴らしの道具か何かだと考えているようだった。
「おい、シカトこいてんじゃねぇ…よっ!!」
僕の椅子が大きな音を立ててガタン、と横に揺れた。僕はびっくりして体のバランスを崩し、床に転げ落ちた。僕の席は窓際の一番後ろの席で、転げ落ちたと同時に壁に頭を思い切りぶつけ、脳みそがぐるっと回転したかのような感覚に陥った。
「っつ…たぁ…。」
「おいおい、何一人で痛がってんだよ。ばかじゃねぇの、はは。」
「おい、サッカーは」
「おう、そうだった。えー、高岡選手、吉岡選手にパァーッス!!」
太ももの付け根辺りに大きな衝撃が走った。
「全然転がんねぇな、このボール。」
「おーっと、吉岡選手それを受けて相手のゴールにシューっト!!」
「え、マジで、っとおら!」
今度は下腹部。
「かっぁ…」
「残念、ゴールとはいきません、それじゃ次は…」
「…!」
「…!」

体中のあちこちに衝撃が走る。
しかしなぜか痛みはない。
僕はただ体を固くして衝撃から身を守ることしかできなかった。
「ふぅ、いい汗かいたな。おっと次は移動だとよ。行こうぜ。」
「じゃあな、また遊ぼうぜ!ははは」
…………
………
……

皆が居なくなった教室でじっと痛みをこらえていた。
一時期の強い痛みが遠のくと体の芯からじんわりと鈍痛がやってくる。
何度か経験した痛みだ。重い体を持ち上げて保健室にいくことにする。
どうせ次の授業には出られそうにない。痛む体を引きずって教室を後にした。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

「で!それで先生には言ったの!?!?」
「ううん、言ってない。」
「もー、ちょっとなんでよ!!」

帰り道。なんとなくまた祥子さんに会いたくなってあの空き地に立ち寄ってみた。すると祥子さんはまた水になる気配がしたのか、建築資材のわきに座って
何か考え事をしているようだった。僕が声をかけると「おっ、元気だった?」と何事もなかったかのように言葉を交わしてくれた。
僕はまた、あんまり元気じゃない、と告げ、今日あったことを祥子さんに打ち明けた。

「僕が先生に言ったら先生はそれを問題として解決しなきゃいけなくなるから…。そしたらクラスメイトの皆も無関係じゃ居られなくなるし…。今皆受験で忙しいから。」
「…はぁ、あきれた。皆だってその現場に居るわけでしょ。だったら事情は分かってるはずじゃない。だったら事が大きくなっても理解してくれるでしょ。」
「うーん、まあ、そうかもしれないけど…。でも僕が黙ってれば事が大きくなることはないし…。」
「うー、そうかぁ、まあ、どうするかは君の勝手だけどさぁ。でもぉ…すっきりしないというか、気持ち悪い。」
「ごめんね、祥子さん」
「君が謝る問題じゃないって。まったく、お人よしというか、なんというか。」
「でも祥子さんに言えて少し気が楽になるよ。」
「そっか、それはよかった。何かあればお姉さんに何でも言っていいのよ。はっきり言って君の学校とは無関係の存在だし。」
「うん、ありがとう。でも僕にはよくわからない。なんで高岡君たちは僕にこんなことをするんだろう。」
「…そうだなぁ、私にはよくわからないんだけど、ある日誰かが他人から強い大きな感情や影響を貰ったとして、それを一人で持ち続けるのってなかなか難しいみたいなんだよ。だから、それを誰かと分かちあったり預けたりしてやっていってるみたいなんだよね。
きっとその高岡君もどこかでそういうものをもらってきて、それを高岡君は暴力という形で君に預けて、君は私に話すという形で分かち合ってるんだと思う。」
「…」
「だからといって高岡君が君にしていることは最低だと思うし、そんなやり方以外にも道はあるはずなんだけど。その辺は高岡君が未熟というか、若さというか、うまく出来ないところなんじゃないかな。それに対して君が怒りを覚えるのも当たり前だ。やっぱり暴力での解決なんてあるべきじゃない。」
「むずかしいね。」
「ごめんね、こんな話しちゃって。別に高岡君を擁護してるわけでも何でもないんだけどさ。」
「うん…、祥子さんの言うこともわかるよ。僕には考えなくちゃいけないことや処理しなくちゃいけない事がいっぱいあるみたいだ。」
「そうだね…君も受験生なのにね。私は君より少し大きいだけだけど、この件についてアドバイスするとしたら、もうちょっと具体的に力になってくれそうな人に現状を理解してもらうことが必要なんじゃないかな。友達とか、両親とかさ。」
「…」
「まあ、すぐ結論出さなくてもいいと思うよ。私もぼちぼち水になりそうだし。」
「やっぱり今日もなるの」
「うん、そうじゃなきゃここにこないよ。あ、ほら。」
また前回と同じように指先がぼんやりとぼやけていた。
「そういえば私が気を失った後どうなってた?」
「うん、途中まではしっかり見てたんだけど、ふいに別の場所に視線を移したら体ごとなくなってたよ」
「ふーん、そうなんだ。どこにいっちゃってるんだろ、私の体。」
「やっぱりなんかすごい話だね。」
「うん、ちょっとありえなさすぎて私は考えるのをある程度放棄してるけどね。」
「どっかの教授にでも相談に行けば。超常現象研究会とかさ。」
「やだよ。それで体の隅々まで調べられるんでしょ。こわいよ。まだ嫁入り前の純朴なからだなのに。」
「そっか。たしかに。」

その日は祥子さんが気を失うまで待って、それから空き地を後にした。
僕は自分がどうするべきか、これからどうなっていくのか考えながら夕暮れの町を歩いた。

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