水の少女7

「あなたってイジメられてるって聞いたけど、ホント?」
唐突な言葉。頭の中を色々な言葉が駆け巡る。急になんなんだ、そういう君はだれなんだ、こんな所を見られて恥ずかしい。しかしどのセリフも僕の口からは出ず、目の前に立っている女の子の顔を只見つめることしかできなかった。

あの茹だるような夏休みも終わり、どの学校でも2学期が始まっていた。耕太と僕は最終日に受験勉強と夏休みの宿題を終わらせて、各々の検討を祈りあい、そして週末にはまた会って一緒に勉強しようと約束してお互いの日常に帰っていった。2学期が始まり、宿題の提出やら夏休みの報告やら規定行事を済ませ、また学校での日常が帰ってきつつあった。唯一違ったのは、高岡君や吉村君達だ。彼らも夏休みあけでまだ体や頭が本調子ではないらしく、僕の事はほとんど無視して仲間内だけで話をしていた。僕はそれを横目で見つつ、今後関わり合いにならない事だけを祈っていた。
そんなある日、僕は昼飯の弁当を持って校舎裏に来ていた。お昼休みはこの校舎裏や、非常階段など人気が少ない場所で昼飯を食べ、後は図書館で過ごす、というのが僕の日常であった。

今日もそうなるはず…、であったが見覚えのない女子が僕の前に立ちふさがっている。しかも唐突に挨拶もなく僕が触れてほしくないいじめの事実を真っ向から検証しようとしている。僕は面食らって言葉を失った。
身長は160前後、痩せても居ないし太ってもいない。まっ黒の髪の毛を顎うえでぷっつりと切っている。どちらかと言えば勝気そうな女の子である。

そもそも僕はあまり同年代の女子と話をしたことがない。祥子さんは年齢が圧倒的に上だったことや、出会った時の奇異性の方が先に立ち、不自然な形で自然と話が出来るようになっていた。
しかし、今回は違う。同年代の女子に突然答えにくいことを聞かれ、しかも会話のボールはこちらにある。僕は何とも言えず、食べかけのお弁当をそっと閉じて、どこかへ行こうと決意した。そんな僕を彼女は引き留めた。

「ちょっと、ごめんって。私、Cクラスの羽村奈緒美っていうの。私も一人になりたい時にここに来るんだけど、あなたが先にいることもしばしばあって。それで、夏休み前にAクラスで見かけたんだけど、ガタイの良い男の子たちに暴力振るわれてて、ちょっとびっくりしちゃって…」
「…。」
「それで、何度か声かけよう、かけようって思ってたんだけど、なんて言ったらいいかわかんなくて、そのまま夏休みになっちゃって。ほら、イジメって社会問題とかになってるでしょ。だから何かできることがあればな、って。」
「…。」
「あ、でも、君も全然知らない人からこんなこと言われて迷惑なのはわかってるんだけどね、でも、」
「あ、あの、」
「え、うん。何。」
「とりあえず、お昼食べませんか。僕は食べかけだし、羽村さんも早く食べないとお昼休み終わっちゃうし…。」
「あ、そ、そうだね、うん。」

そう言って羽村さんは少し離れたところに腰掛け、自分のお弁当を広げて食べだした。僕もしまいかけていたお昼をもう一度広げ、食事を再開した。
彼女の話を要約すると、おそらく、ここで僕の事を見かけて興味をもって、教室での僕の扱いを見て彼女なりの正義感や倫理観で僕に関わろうとしたが、勇気が出せなかった。しかし、新学期が始まり、ここで僕をみかけたから、精一杯の勇気をもって僕に話しかけた、と。
(第一声が、いじめられてるの、じゃあなあ。僕じゃなくったって、ひく。)
まあ、良い人だけど、不器用なんだろう、と思った。

「あの、さっきは突然あんなこと言っちゃってごめんね。あの、大丈夫なの?ホントに。」
考えていたことを察知するように羽村さんは話しかけてきた。

「う、うん。多分。新学期になってからはなにもしてこないし、取りあえずは。」
「…なんか、私一人で暴走して。ばかみたい。」
「…うん、よくわからないけど、羽村さんは羽村さんなりに考えて行動してるんだよね。それだったら、そんなに悪くないんじゃないかと思う…よ。」
「きみって…まじめだね、なんか。」
「そうなのかな、よくわからないけど。」

僕と羽村さんはそのままもくもくとご飯を食べ続けた。

「あの、なんか余計なお世話だったみたいで、なんかわるいんだけど」
「え、いや、そんなことは…」
「あなたがここにいて、私がここに来たときはまたご飯食べてもいい?」
「え、う、うん。」
そこで羽村さんは微かに微笑み
「うん、じゃ、また。」
といってどこかに去っていった。取り残された僕は、何だったんだろうか、と彼女とのやり取りを思い返していた。

それから僕は彼女の事を意識しないように、行きたい時に校舎裏に行き、そこでご飯を食べるようにしていた。一緒にご飯を食べるときはぽつぽつとお互いの事を話し、お昼休みいっぱいまで途切れながら会話をした。
彼女は陸上部に通っていたが、3年の始まりで引退し、それから受験勉強をしていること。両親が共働きで帰っても誰もいない事。クラスのみんなが受験でよそよそしいこと。僕のクラスの友人が僕の事を話したがらないこと などを話してくれた。
たいていぼくはうん、うん、とその話を聞くだけであった。最初はよそよそしかった彼女もだんだんと僕の存在に慣れてきたようで、かなりつっけんどんな言い方をするときもあった。そういうときは困った顔をし、何も言わないでいると、奈緒美はすぐにしょん、としてごめんね、つい…と申しなさげに顔を伏せた。そういう感情がくるくる変わるのを見ていると、なんだか僕まで怒ったり喜んだりしている気持ちになれた。そんな関係が1か月も続くと、校舎裏に行くのがなんとなく楽しみになっており、自分からも色々な話をするようになっていった。

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