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綱渡りの男【読み聞かせ・読み語り】

わたしは、ノンフィクションの本や映画が好きだ。実際にあった話を題材にした映画や本を読むと、どこにでも自由自在にタイムリープできるような気持ちになるからだ。

この記事では、実話の絵本「綱渡りの男」を紹介しよう。

この本の題材は、1974年8月7日に、フィリップ・プティという若い大道芸人が、NYのワールドトレードセンターで綱渡りをしたときの話だ。

彼は、有名な建造物で無許可で綱渡りをすることで知られていた人物である。

このような行為は、世間ではお騒がせな迷惑行為以外のなにものでもないとされる。

人気テレビ番組の〇天ニュースなんかでも、建造物にのぼる人物の危険さや、その後の逮捕の様子などを取り上げたりすることが多い。

この絵本では、フィリップ・プティ、彼自身の世界観を表現している。ここで綱渡りをしようと決意するところから、準備の様子、そして実際に綱渡りをするときの様子までを、とても美しい絵で壮大に表現していて、読んでいるだけでも確かに自由な気持ちになれる。

「こんな驚くべきことを実行する人がいたんだ」
「こんな突飛な生き方もあるんだ」

というメッセージを伝えるのは簡単だろう。

でも、読み手のわたしには複雑なたくさんの想いがある。

社会不適合

フィリップが、たぐいまれなる才能を持っていたことは間違いない。たった2センチの綱の上を歩くだけでなく、踊ったり、走ったり、寝転んだりするという突出したバランス感覚と身体能力を持っていた。

しかし、それを生かせる場所、生かしたいと思う場所は「綱の上」でしかない。


警察やタワーの持ち主は、ぜったい、彼がやろうとすることを許可しない。パリでもそうでした。

綱渡りの男/モーディカイ・ガースティン

フィリップは以前、パリのノートルダム寺院でも同じように綱渡りをして、下の見物人を大いに驚かせたことがあったのだ。

どんな国にも、どんな場所にも、どんな時代にも、たぐいまれなる才能を持った人間はいる。でも、そのような突飛な才能を持った人間は「社会不適合」となることがある。

彼だって、大道芸に出会っていなかったら、その才能をどこで生かすべきかわからずに、社会不適合者となっていたかもしれない。

今の日本ではどうだろうか。歌が上手いとか、上手に文章が書けるとか、ダンスのセンスあるとか、人前でしゃべる能力が高いとか、足が速いとか……いろいろな才能があるけれど、それらを生かす場所を見つけられないままの子どもも多い。

天才と、社会不適合者の境目は、紙一重であるということを、強く認識させられた作品でもあった。

NYの911事件を知らない子どもたち

もうひとつ。この絵本には、世界的な事件である「NY同時多発テロ」の現場が題材になっていることも大きな特徴だ。

わたしはあの当時12歳、小学6年生だった。

テレビで放映されたあの衝撃的な映像を見て、母親が大騒ぎしている様子を今でも覚えている。修学旅行先だったオーストラリアへのホームステイも中止になり、テロ事件の影響を大きく受けた。

あの、2つのタワーを見て、あれが何のビルなのか、そしてなぜ今そのビルがないのかも、よく知っている。

でも、今の子どもたちは知らないのだ。ピンとこない子の方が多い。

この本の中には「ふたつのタワーは、今はもうありません」とだけ記載があるが、なぜなくなってしまったのかには言及されていない。

わたしはいつも、読み終わった後に子どもたちに問いかけるようにしている。

「この2つのタワーが、どうして今はもうないのか、知っている人はいますか?」

そう問いかけても、明確な答えは返ってこない。現代の子どもたちのなかではもう、あの事件のことは歴史の教科書の一部になっているのだろう。

でも、わたしがそこで

「2001年に、NYのワールドトレードセンターに、飛行機が突っ込むというテロ事件があった。だから、もうこのビルは、ないんです」

そう言うと「知ってる!」「あぁ~!」と、自分の知識と今読んだ物語をつなげることができる子も出てくるのだ。

別に、わたしは911事件のことを記憶に残してほしいわけでもないし、特別思い入れのある事件なわけでもない。わたしだって、社会情勢に詳しいわけでもないのだから。

でも、おそらく社会科の授業などで習うことだってあるし、どこかで911事件のことを耳にする機会もあるだろうと思う。そんな知識記憶の断片と、この絵本の物語がつながる瞬間というのは、とても貴重なものだと思う。

どちらか一方を知っているだけでは、その事象への記憶は薄れやすいけれど、両方を知っていれば記憶はより強固になる。

すこし長い話であること、またこのような歴史的背景を含む作品なので、わたしは小学5年生~6年生を対象にして読むようにしている。

ただ……字がめっちゃ小さいので読みにくいという難点がある!絵がとても美しいので、それを邪魔しないように小さくしてあるのかな? だから、丸暗記するくらいの勢いで、何度も読んでいる。

一度は読んでほしい、絵本作品のひとつである。


綱渡りの男/小峰書店



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