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#91 社会問題としての小論文教育⑳

 今日はこの研究ノートの終わりの挨拶です。もし今まで読んで下さった読者の方がいらっしゃいましたら、是非お礼を申し上げたく存じます。お付き合い下さいまして、本当に有難うございました。一旦、このシリーズものの投稿は終了致します。しかし、私個人としましては、これからも現場の前線に立って、小論文の実践と指導、すなわち教育に励んでゆくつもりです。Twitterもやっていますので、何かあればご連絡頂きたく存じます。

[おわりに]

 本稿では小論文を巡る様々な問題とその性質や原因について分析し、整理してきました。とりわけ思索の射程に入れたのは、現在の一般的な学校現場の状況です。具体的に言えば、偏差値が40~50くらいの高校3年生が50%以上を占める学校現場です。そういった現場の生徒と教員の実態を考慮し、小論文を巡る問題を半ば批判的に検証してきました。ただ一方で、様々な定義付けについては、小論文入試日本トップクラスの慶應義塾大学の姿勢(スタンス)を参考にしました。正確に言えば、慶應義塾大学の小論文分析をしてきた多くの先人の研究・知見を参考にさせて頂きました。また併せて、小論文指導が充実している様々な学校の指導法と指導状況も大いに参考にさせて頂きました。特に参考とさせて頂いたのは「生きた文章能力の向上」「人間教育としての国語」という方針を掲げている学校での指導です。具体的な校名は伏せますが、特殊な事例として示唆に富むものがありました。
 
 要するに、本稿では常に本質を見据えつつ、具体的な現場の状況を熟考してきたつもりです。学校・出版社・予備校等様々な要素を射程に入れながら、「現実的」な思索を心掛けてきたつもりです。
 
 また本稿ではその目的から可能な限り「小論文とは何か?」という問いに対する答えを模索しました。正当性を十全に保証しきれているかどうか不安ながらも、定義付けを行ないました。けれども、本稿が意図しているのは、「小論文とは何か?」という問いに対する答え、すなわち「結果」を正しく導き出すことではありません。その答え・結果に到る「道程」に意義があると考えています。答えが「中心」だとしたら、そこに到る道程は「周縁」です。
 
 大切なことは小論文実践の困難さを少しでも「軽減」させることです。それは生徒・教員双方にとっての軽減です。残念ながら困難さを「解消」することはできないでしょう。小論文実践は根本的に困難なものです。しかし、それゆえにそれを軽減させる取り組みには意義があります。具体的な方法としては、問題性の分析と整理、そして認知と理解です。それが本稿で行なってきた内容です。周縁を可視化することで、中心を多少なりとも確立したつもりです。そうすることで、不明瞭だった小論文実践の道筋を少し照らし出すことができたのではないか。問題性を明らかにすることで、小論文実践の困難さを少しでも「軽減」させることができていたら幸いです。
 
※以下に本稿を執筆する上で特に示唆を受けた参考文献を掲載します。多くの資料や参考書を拝読してきましたが、本稿の理論的支柱となるような資料や参考書は以下の通りです。

[参考文献]
・大橋ゆかり「『現実』から目を背けず、『理想』を放棄しない姿勢が必要である。」(「新小論文ノート」代々木ゼミナール 2004年)
・中井浩一『脱マニュアル小論文――作文と論文をつなぐ指導法』(大修館書店 2006年)
・「資料1 総合政策とは何か?」(慶應義塾大学総合政策学部過去問 2010年)
・石川巧『「いい文章」ってなんだ?――入試作文・小論文の歴史』(筑摩書房 2010年)
・野矢茂樹「国語と文学と哲学」(『国語教室』第103号 2016年5月)
・大堀精一『小論文 書き方と考え方』(講談社 2018年)

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 改めまして、最後まで読んで下さいまして、本当にどうも有難うございました。これにて20回にわたるシリーズものの投稿はおしまいとなります。

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