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「夏と秋」マガジン 第7号

【はじめに】

 こんにちは。こうさき初夏と秋月祐一の創作ユニット「夏と秋」のマガジン第7号をお届けいたします。今回は笹川諒さんをゲストにお迎えしました。お楽しみいただければ幸いです。

* * *

今回のマガジンは、
【ゲスト作品「アンバサが好きだった」/笹川諒】
【ゲスト作品評/こうさき初夏・秋月祐一】
【笹川諒の一首評】
【こうさき初夏の一首評(後編)】
【カピバラ温泉日記】
という内容でお送りいたします。

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【ゲスト作品/笹川諒】

   アンバサが好きだった       笹川諒
  
天気予報もオリンピックもまず見ない僕を読み解けない僕である
 
冬晴れのドラッグストア よく見ると用途のわからないものばかり
 
コンビニのパスタを混ぜてびにゃびにゃと音がするのは何だかこわい
 
僕が死ぬまでの間は『羅生門』の老婆はずっと教科書にいる
 
今日のとこ永遠はこれにしとこうか草間彌生の黄色いカボチャ
 
ここで脱ぐことを選んだわけじゃなくシャクナゲ園の前の裸婦像
 
ごめんね手垢まみれの空だ カルピスもアンバサも英語じゃなかったね
 
いっさいのことを忘れた僕たちがある日歌ってしまう稟議書

笹川諒(ささがわ・りょう)
2014年より「短歌人」所属。
三田三郎さんと短歌ネットプリント『MITASASA』を発行中。

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【ゲスト作品評/こうさき初夏・秋月祐一】

◇アンバサが好きだった評「句またがりの笹川諒」/こうさき初夏

笹川諒と言えば下の句の句またがりの秀逸さであると言っても過言ではないだろう。「アンバサが好きだった」冒頭の2首は

天気予報もオリンピックもまず見ない僕を読み解けない僕である
冬晴れのドラッグストア よく見ると用途のわからないものばかり

句またがりを駆使して一首目から主体は「自己」との対峙をはかる。
二首目は、ドラッグストアにいる主体をメタ認知しているような情景だがその言葉運びは流れるようだ。

連作は日常的なものと日常的なものの存在を疑問に感じる心情の間を描いている。連作では主体を遠くから観察しているもう一人の主体を感じさせる。

タイトルの言葉が含まれている、

ごめんね手垢まみれの空だ カルピスもアンバサも英語じゃなかったね

の歌についてだがアンバサのことはこの連作を読んで初めて知ったが、カルピスソーダのようなジュースのことだそうだ。この歌の韻律は巧みかつ独特である。

ごめんね手垢/まみれの空だ/カルピスも/アンバサも英/語じゃなかったね

流れるようなリズムは特に下の句に活きている。観察者としての目線と流れるような独特のリズム感は今後どうなっていくのか。「句またがりの笹川諒」のこれからに注目していきたい。

◇笹川諒「アンバサが好きだった」評/秋月祐一

(タイトルに出てくる「アンバサ」とは、日本コカ・コーラ社から発売されている乳性炭酸飲料で、カルピスソーダやスコールの競合品のこと。若い世代には馴染みがないかもしれませんので、はじめに補足させていただきます)

天気予報もオリンピックもまず見ない僕を読み解けない僕である
 
冬晴れのドラッグストア よく見ると用途のわからないものばかり
 
コンビニのパスタを混ぜてびにゃびにゃと音がするのは何だかこわい

 一首目。世界の動きに興味をもてない自分を、つよく押しだすのではなく、そんな自分を「読み解けない」と言う、その屈折感。
 二首目、ドラッグストアの「用途のわから/ないものばかり」の句またがりや、三首目、コンビニのパスタを混ぜたときの「びにゃびにゃ」というオノマトペからは、作者の語感の鋭さを感じました。
 冒頭の三首で語られているのは、世界の不如意に対する違和感や、軽いおそれのようなものだと思います。ここだけ読むと、作者はモラトリアム青年なのかな、と感じたりもしました(註・この原稿は、笹川さんの個人情報はなにも知らない状態で、作品から読みとれるものだけを頼りに書いています)

僕が死ぬまでの間は『羅生門』の老婆はずっと教科書にいる
 
今日のとこ永遠はこれにしとこうか草間彌生の黄色いカボチャ
 
ここで脱ぐことを選んだわけじゃなくシャクナゲ園の前の裸婦像

 四首目から六首目。そんな世界観のなかで作者が提示するのは、『羅生門』の老婆、草間彌生の黄色いカボチャ、シャクナゲ園の前の裸婦像など、どれもどぎつく、生命力を感じさせるものたちばかり。作者はこれらの存在を忌避しつつも、心惹かれているのではないか?……なんてことを考えてみたりもしました。

ごめんね手垢まみれの空だ カルピスもアンバサも英語じゃなかったね

いっさいのことを忘れた僕たちがある日歌ってしまう稟議書

 七首目。ここで作者は我に返ったのではないかしら?
 初句七音かつ句またがりを多用した文体。そのなめらかで抑制のきいた韻律は、笹川諒の美質だと思います。
(おそらく子供のころに飲んだ)カルピスやアンバサのCMに出てくる、抜けるような青空と白い雲を想起しながら、でも、いま、僕たちの上に広がっているのは手垢まみれの空だ、という苦い認識。カルピスもアンバサも、じつは和製英語の造語だと知ってしまったことも、大人になるさびしさの象徴だと思われます。

 そして、八首目。稟議書を書いて回す日々、これが作者の実像に近いのではないでしょうか? おもしろくないこと中心に回っている日常のなかで、とつぜん「いっさいのことを忘れて」稟議書の内容を「歌ってしまう」場面を空想しています。そんなことは職場に訪れることはないけれど、その想像はほほえましく、同時に、働くことのせつなさを感じさせてくれます。

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【笹川諒の一首評】

◇秋月祐一さんの歌
 
あなたとの日々は衛星5個、6個浮いてる星のお月見みたい
(『未来』2018年9月号「愛について」より)
 
静かで風流なはずのお月見も、五個も六個も月のような衛星が仮にあったとしたら、あちこちキョロキョロしてしまい、ゆっくり月見団子を食べることも出来なそうだ。ひょっとしたら、「あなたとの日々」はお互い忙しくて、落ち着いてお月見ができるような時間はあまり取れないのかもしれない。けれど、次々に面白いことや予想外のできごとが起こる、刺激的で楽しい日々なのではないだろうか。それを衛星がたくさんある星でのお月見みたい、と喩えることで、現実はすこしだけ優しい世界へと傾いてゆく。
 
◇こうさき初夏さんの歌
 
身一つの夜間飛行へ旅経てば月が二つに見えて、梟
(『夏と秋』マガジン第2号「ぽと梟」より)
 
「身一つの夜間飛行」とはどういうことだろう。主体は想像の翼を広げ、自由に夜空を飛び回っているのだろうか。月が二つに見えるのだと言う。そして梟の登場。ここの読点+梟からは、ふと気がついたらすぐ目の前に梟が飛んでいた、という感じの印象を受ける。そして、主体はこの月の異変の原因はその梟にあると、半ば確信しているかのようだ。意味の把握はなかなか難しい歌ではあるが、その流れるような文体から、読み手は様々にイメージを膨らませることができる。

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【こうさき初夏の一首評(後編)】

ツイッターの「#いいねした人の2018年の短歌から一首選んで感想を書く」というハッシュタグ企画で、こうさき初夏が書いた一首評です。作品の転載をご許可くださった皆様、ありがとうございます。

寝返りをうてない朝は温もりが私の腹に私の脇に/白玉粉

布団の中でまどろむ主体の腹に脇にとやってくる温もりの正体やいかに。飼っているペットが布団に入りこんでくるのを想像しました。冬の目覚めにくい朝に、近くに温もりがある幸せ。読んでいてほっこりする短歌です。

図書館で沼を見つけたさっきから飛び込む人の本が散らばる/鈴木智子

図書館で見つけた沼へと人が飛び込みいなくなり、その人らが抱えていた本が散らばった様子を想像しました。沼という言葉は喩だと思われます。幻想的なSFの世界でしょうか。この時の作中主体の視点・時間経過の立て方が面白い。

「終わる時いい思い出がひとつでも多いチームの勝ちです、どうぞ!!!」/平出奔

日常の延長戦上にあるディストピア感が溢れる。漫画の『カイジ』のように、普段通りだったのにこれから一体どんなイベントが起こるんだろう感を高まらせている。その手法が短歌であることは着目すべきポイントである。

太陽を青で塗ることくらいしか自由になれる術を知らない/藍あざみ

太陽といえば赤や黄色やオレンジのイメージがあります。青で塗るとき、主体は太陽にどんなイメージを抱いているのでしょうか。情熱や意欲の象徴になり得る太陽が青いとき、冷静と情熱を感じさせられます。

ケレン味はただ一滴のレモンティー顔を上げたら返事をするね/さよならあかね

ケレン味とは芸術や文学におけるごまかしやはったりという意味合いだそう。すると下の句は何か演出を行っている最中の景とも推測できます。ケレン味を一滴のレモンティーと喩えて生まれるイメージがあります。

夕闇にかすかに光るみずたまり点字のように息をはずませ/織部壮

夕闇の中遠くに見えているみずたまりが景と喩の両方として使われた重層的な作品です。みずたまりは下の句の「点字のように~」にもかかっており所々にあるみずたまりと息をはっはっとはずませる様子のイメージが交わります。

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【カピバラ温泉日記/秋月祐一】

◼️209年1月1日(火)

[俳句]あけましておめでとうございます。

ふるさとの星きららかや去年今年

豹変の豹のうぶ毛や初あかり

踏切を越えたら海の初景色

◼️1月2日(水)

[応援]ラストアイドルでは、木﨑千聖さんに注目しています。

◼️1月5日(土)

[音楽]今日のBGMは、大貫妙子さんの『Pure Acoustic 2018』を、1996年版の『Pure Acoustic』と聴きくらべるという贅沢。大貫さんの歌声に年輪のようなものを感じます。

◼️1月6日(日)

[音楽]今日のBGMは、民謡クルセイダーズの『エコーズ・オブ・ジャパン』。日本の民謡とラテン音楽の高度な融合で、とても面白いアルバムです。

[俳句]
伊勢海老でええかええんかええのんか
芳野ヒロユキ『ペンギンと桜』

かぎりなく自由で、インパクトのある新年の句。ぼくもこんな句を作れるようになりたいです。

◼️1月8日(火)

[音楽]今宵のBGMは、クララ・ハスキルが弾くモーツァルトのピアノ協奏曲第20番。昨日が彼女の誕生日だそうなので。

[読書]
料理家・ワタナベマキさんの『旬菜ごよみ365日』(誠文堂新光社)。暦タイプのレシピ集で、在本彌生さんの写真もすてきです。

[抱負]
日常生活における今年の目標は、長年の課題である本の整理を進めることと、鞄の中身を軽くすること、たんぱく質と鉄分をしっかり摂ることです。

◼️1月9日(水)

[音楽]今日のBGMは、昨日にひきつづき、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番。今日はチョ・ソンジンさんのピアノ演奏によるものです。専門的なことはわかりませんが、きわめて現代的な解釈・演奏のオケに、硬質かつ明晰なピアノが乗って、溌剌とした印象。録音もクリアで、しばらく聴き込んでみたいと思います。

[短歌]2月上旬に発売される、短歌ムック「ねむらない樹」vol.2(書肆侃々房)の特集「ニューウェーブ再考」に、「ニューウェーブの末っ子」という文章を寄稿しました。ご覧いただければ幸いです。

◼️1月14日(月)

[音楽]今年の初ライブ鑑賞は、あがた森魚さん@晴れたら空に豆まいて、でした。あがたファンの音友のみなさんも大よろこびの、すばらしいライブ。「いとしの第六惑星」「ろっけんろーどを行くよ」などが特に印象に残りました。

◼️1月15日(火)

[音楽]今宵のBGMは、わが家の定番のひとつである、大江千里さんの『Boys & Girls』。千里さんのポップス時代の名曲を、ジャズのピアノソロで、セルフカバーした名盤です。妻から「千ちゃん、かけて」とリクエストあり。

◼️1月16日(水)

[読書]宮本佳林さんの写真集『覚醒 - KAKUSEI -』を入手しました。四季それぞれに写真家を変え、すっぴんの表情もまじえて構成された、二十歳の記念の写真集です。佳林ちゃんの笑顔は、まじ天使。自己プロデュース力がものすごく高い人なんだな、と感じました。巻末の10,000字インタビューも充実しています。

◼️1月17日(木)

[音楽]今宵のBGMは、ムーンライダーズの『アマチュア・アカデミー~20th Anniversary Edition~』。前衛性と抒情性のバランスがよく、いま聴いても新鮮な感じがするアルバムです。

◼️1月19日(土)

[演劇]朗読劇「風の又三郎と宮沢賢治の音楽世界」@名古屋市東小劇場。かつての“教え子”が又三郎役を演じるというので、東京から観にきたのですが、面白かったです。市民参加型の、さまざまな年代の方々によるアンサンブルがよく、又三郎も存在感がありました。

◼️1月21日(月)

[体調]今日はギックリ腰の一歩手前の状態になりましたが、指圧治療を受けて、回復しました。

[読書]むつき潤さんの音楽マンガ『バジーノイズ』(小学館)、第2巻は主人公の清澄が動きはじめて、ますます面白くなってきました。超おすすめです。でもって、ぼくが『バジーノイズ』の潮みたいな女の子を好きなこと、初夏さんにバレバレでした。

◼️1月22日(火)

[香水]武蔵野ワークスの沈丁花の香水は、切なさを感じさせるような、いい香りですよ。

[映画]映画『霊的ボリシェヴィキ』。アップリンク渋谷の再上映で、ようやく観ることができました。あの世を呼びだす心霊実験で起こるさまざまな怪事。いろんな階層の怖さが張りめぐらされた作品だなあ、と。韓英恵さんが超怖くて、素敵でした(~1/24まで)

◼️1月23日(水)

[音楽]今宵のBGMは、YankaNoiの『Neuma』。無国籍で浮遊感のあるサウンドが魅力的です。2014年リリースのこのアルバムを初めて聴いたときから今日まで、ぼく自身がはるかな旅をしてきたんだなあ、と感慨にひたる夜です。

◼️1月24日(木)

[雅楽]カフェで作業をしていたら、となりの席に着いた人が、いきなり笙を取りだして、音を立てずに、運指の練習をはじめたので、おどろきました。

[俳句]

少年の窓やはらかき枇杷の花/攝津幸彦

枇杷の花泣いたら負けといふルール/秋月祐一

[短歌]
この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい

水田を歩む クリアファイルから散った真冬の譜面を追って

「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい

笹井宏之『えーえんとくちから』(ちくま文庫)

笹井さんの歌では、最初に出会った、この三首が好きです。

◼️1月25日(金)

[将棋]ぴよ将棋のコンピュータとの対戦がたのしい。いま9級です。

◼️1月27日(日)

[音楽]今宵のBGMは、あがた森魚さんの『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』。あがたさんのアルバムの中でも、お気に入りのひとつです。

[餡掛]あんかけスパ、ぼくも大好きです。先日、名古屋に行ったときには、味噌かつ、味噌煮込みうどんの誘惑にも負けず、1日に2回もあんかけスパを食べてしまいました(具材には、さまざまなバリエーションがあります)

◼️1月28日(月)

[読書]漫画版『第七官界彷徨』は、判型が大きいので、買うのを躊躇しています。でも、読みたいな…。

◼️1月29日(火)

[将棋]ぴよ将棋。iPhone→iPadに端末を変えて、あらためて9級に。ゴキゲン中飛車の練習をしております。

◼️1月31日(水)

[錆猫]サビ猫くうちゃん、猫草を初体験。わしわし食べています。

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【編集後記】

キャラクターのチェブラーシカに似ていると言われます(夏)

今号は、笹川諒さんにご参加いただき、作品8首と、こうさき・秋月の歌への評をご寄稿いただきました。心より御礼を申し上げます(秋)

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「夏と秋」マガジン 第7号
夏と秋:こうさき初夏・秋月祐一
発行人:秋月祐一
無断複製ならびに無断転載を禁じます
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