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最強の右ハサミ(SS)

シオマネキの勝郎は、最強の男を目指して喧嘩に明け暮れている。
相手の一瞬の隙を突き、身体の半分ほどもある右のハサミを相手のハサミにがっちりと噛み合わせ、腕力でなぎ倒す。
この必殺技に勝てるものはそういなかった。

この技を勝郎に教えこんだのは父さんだ。
今は引退しているけれど、このあたりでは名の知れた
喧嘩屋だった。

勝郎がこの技を習得したとき、父さんはこう言った。

「勝郎、この技を使いこなせば、きっとお前もそれなりに名を上げるだろう。でも、決して驕ってはだめだ。
世の中には、力だけではどうにもならないこともあるのだから」

勝郎は戸惑った。
力だけを信じ腕一本でのし上がってきたのは、他でもない父さんのはず。その背中を見てきたからこそ、厳しい修行に耐え、父さんの技を習得したのに。

悩みぬいた末に、一つの結論を導き出した。

父さんの力をもってしてもどうにもならないことがあるのなら、父さんより強くなればいいのだ。

彼は生まれついてのポジティブシオマネキであった。

「スナミチ」の名を耳にしたのはそんなときだ。
いつもより少し遠出をした友人が、その男にこてんぱんにされて帰ってきた。
最強を目指すのなら、一度手合わせしなければならないと思った。

意気揚々と乗り込んだ勝郎だったが、さっそく必殺技を封じられてしまった。
スナミチは「左利き」のシオマネキだった。
つまり左のハサミの方が大きいのだ。
勝郎の必殺技は、右ハサミどうしが噛み合って「握手」できたとき、初めて成り立つ。

右ハサミと左ハサミでは握手ができない。

勝郎は、完全に左ハサミの攻略法に気を取られていた。
その隙をついて、スナミチは右腕の小さい方のハサミで砂をつかみ、勝郎の目に向かって撒いた。前後不覚に陥って抵抗できなくなってしまった勝郎を、反撃の気持ちも無くなるほどに打ちのめしたのであった。

重い足取りで巣穴に帰りながら、勝郎は父さんの言葉を噛みしめた。




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