【短編小説】私たちの手は赤い

私の手が赤いことが気になりますか? そうですよね、こんなに赤く腫れてしまって。理由は、昨晩、お父さんの頬を何度も叩いたからです。

 眠っているお父さんをベッドに縛りつけました。お父さんの手をペンキで赤く塗りました。そして頬を叩き、目覚めたお父さんの驚いた顔を見て、私は大笑いしました。父の人間らしい表情を久しぶりに見れたからです。

「なんだこれは! 何をしている!」

 お父さんが叫びました。

「おはようございます、大統領さま」

 私はお父さんを見下して言いました。
 お父さんは唖然とした顔で真っ赤に塗られた自分の手と私を、交互にみました。そして縛られていることに気づき、ベッドをきしませ暴れました。
 ギィギィギィ、お父さんが必死にもがく様子を見て私は手を叩いて大笑いしました。

「気でも狂ったか!」

 父が怒鳴ります。

「狂っているのはお父さんですよ。お父さんはジェノサイドに加担して人殺しになってしまった。愛犬が死んだら大泣きしていたお父さんが、今や子供を殺すことに協力しているんです」

 お父さんは私を睨みました。

「おまえは何もわかっていない。ジェノサイドではない、そもそもあのハマスが」

「虐殺ですよ」

 私はお父さんの言葉をさえぎりました。

「天井のない監獄。それがあの地区の呼び名です。民族浄化という虐殺を行っている軍に、お父さんは多額の軍事資金をしている。人殺しにお金を使っているんです。だとしたら、あなたは殺人者です」

 父は私から目をそらしました。
 私は片膝をお父さんの腰の横におきました。手をあげて、お父さんの頬を叩きました。

「何をする!」

 お父さんが叫びます。

「目をそらすな!」

 私は怒鳴りました。

「明日の朝、会見を開く準備を秘書にさせています。明日の朝、お父さんはこう言いなさい。軍への資金をやめる、あの地区の停戦と解放に尽力すると」

「何を勝手なことを! おまえは甘く見ている、この物事は複雑でそんな簡単に停戦は」

 私はお父さんを叩きました。

「やめろ! おまえは何をしているのかわかっているのか! 父を縛って暴力をふるうなど」

 私はお父さんを叩きました。

「あの小さい地区がどうなろうと、少ない民族が消えても世界に影響はない!」

 お父さんがとんでもないことを言いました。私はお父さんを強く叩きました。

「軍がしているのは虐殺ではなくはハマスを」

 私はお父さんを叩きました。
 お父さんの頬は赤くなり、口の端から血が出ていました。私の手のひらは赤くなり、痛み初めていました。

「おまえみたいな小娘が口を挟んでいい問題ではない!」

 私はお父さんを叩きました。二度、三度、四度。続けて叩きました。お父さんはぐったりして、呼吸を乱していました。

「・・・やめろ、もうやめてくれ」

 お父さんの懇願を無視して、私は叩き続けました。

「それは、あの地区が言う言葉です。虐殺をやめて、あの地区の人たちを自由にしなさい。そのための支援にお父さんはこれから身を粉にして働いて、罪を償いなさい」

 お父さんは目を見開いた。

「おまえ! 私に命令するのか!」

「うるさい!」

 私はお父さんを強く叩きました。

「あなたの軍事支援で最新の武器を手に入れた軍が子供を殺しました。そのことから目を背けるな、罪を感じろ、贖罪をしろ!」

 私はお父さんに、そして自分自身に言いました。あの地区のことは知っていたけれど、見なかったことにした、深く知ろうとしなかった。お父さんの悪事に気づいて止められなかった。

 私の手も赤いのだ。

 お父さんの頬は腫れ上がった。
 その頬に白いガーゼを貼って、お父さんは軍に支援をやめて、地区の解放まで支援を行うと宣誓した。お父さんの赤い手のペンキが、落ちるまで時間はかかるだろう。
  そして私の赤い手も腫れがひくまで時間がかかる。

「間違っていたのは私だった。おまえと約束する、地区を解放する」

 お父さんは泣きながら誓ってくれました。私もお父さんへの尊敬の念を再び感じることができて、泣きました。

 暴力をふるった手は赤くなる。
 私の手は赤い。
 非人道的な世界で起きていることから、目をそらして人類史は続いてきた。虐殺する対象を「動物」と罵り殺す私たちはどんどん人から遠ざかっていく。
 人類史はいつまで続くのだろうか。虐殺に加担する者たちの手は血で真っ赤だ。


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