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アマ・ダブラム紀行 第12話

朝起きると快晴だった。暑かったが最初からダウンスーツを着込み、キャンプ3を目指す。どこまで続くか分からない岩壁を喘ぎながら登っていくが、撤退した前回よりも明らかに調子が良く、スピードも速い。次第に岩は氷の壁に変わっていき、時々ピッケルを使いながら丁寧に進んでいった。

標高6300m、真っ白な氷壁と宇宙を抱えた濃紺の空のコントラストが美しい場所だった。迷路のような氷と雪の世界を登っていく。聞こえるのはザクッザクッというアイゼンが氷に食い込む音と自分の吐息だけだった。静寂に包まれ、とても気持ちのいいクライミングがここを6000mの世界だということを一瞬だけ忘れさせる。

充実した時間を過ごしながらゆっくりと、午後1時にキャンプ3に到着。キャンプ2より上でテントを立てるスペースがあるのは唯一ここだけだった。ここからはもう頂上直下。キャンプ3からそのまま垂直の壁が頂上まで伸び、その頂は眩しい太陽の光を反射し、純白に輝いていた。

日が沈む頃、再び風が強くなってきた。雪煙が舞い、頂上は隠れて見えなくなってしまった。嫌な記憶が蘇ってきたが、そんな僕の気を知ってか知らずか、世界第6位のチョー・オユーが夕陽に染まり、その美しい姿が少しだけ気持ちを落ち着かせてくれる。

その日は夕食を午後6時にとって、7時前にはシュラフに入った。仮眠をとって、午前1時に起床、出発は2時、6時半頃には登頂できるはずだ。午前1時、予定通りに起床、前回と同じように1時間かけて準備を進めた。バックパックの中も前と同じ。カメラの予備電池は暖かいダウンスーツの内ポケットに入れている。あとはアイゼンを履いて出発するだけだったが、風がテントを叩く音が想定よりも強かった。

ベースキャンプからの連絡によれば、あと1時間ほどで弱まってくるはず、とのことだったのでしばらく待機することにした。やることもなくぼんやりしていると良くないイメージだけが湧いてくる。

このまま風が止まず、朝を迎えたらどうしよう。夕方にはキャンプ2に降りなくてはいけない、食料だってギリギリしかない、そうなったら本当にアタックを中止するしかない。

早く止んでくれ、そんなことを願いながらテントの中で出発の時を待ち続けた。


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この旅で撮影した写真を収めた僕のファースト写真集「Ama Dablam」は完売致しました。心から御礼申し上げます。
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