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アマ・ダブラム紀行 第7話

体はまだ万全ではなかったが、天気は待ってくれない。ひどい高山病にかかりながらベースキャンプまで戻った3日後、好天が2、3日続くとの情報が入ってきた。もう少し長ければ嬉しいのだが、このタイミングを逃す理由などなく、キャンプ2でサミットプッシュするか否かの最終的なジャッジを下す予定でアタックすることにした。

ヒマラヤの山を登る前、誰もがプジャという儀式を受けなくてはならない。ベースキャンプには簡易的な祭壇が作られ、コーラやお菓子が供えられる。

しばらくすると、僧侶が近くの村からベースキャンプまでやってきて登山の安全祈願のためにお経を読んでくれた。登山用品を祭壇の前に並べ、僕もアマ・ダブラムに向かって静かに祈りを捧げる。

「いい登山といい写真を。」

とても気持ちのいい朝だった。暖かい日差しがベースキャンプを包み込み、鳥たちも嬉しそうに歌っている。清く、澄み渡ったプジャの雰囲気に高山病に悩まされた心が少しだけ軽くなった気がした。

僧侶がお経を唱え終わるとベースキャンプにいるシェルパ全員と一緒に小麦粉を空中に投げ、プジャは終了し、いよいよ山に入っていく。

ベースキャンプをシェルパとふたりで出発。見慣れた取り付きの丘を登り、ハイキャンプまで長くゆるい稜線を歩いていく。いつもと違い、キャンプ2より上で使うサミットブーツを含め、これまでより荷物が多く、確かに重かったが、それにしてもひどく疲れるのが早い。今まではハイキャンプまでの途中で息切れなどしなかったのに、道のりの半分ほどで足が止まってしまった。

やはり体調はあまり良くない。それでも進む。気持ちだけで体を支え、ゆるい傾斜を黙々と登り、ガレ場を超え、なんとかキャンプ1まで登ることが出来た。前に来た時より1時間以上も時間がかかってしまったが、そんなことを気にしている余裕などなかった。今は少しでも多くの水を飲み、体を休めることが大切だ。明日は前回さらに苦しんだ岩壁、イエロータワーが待ち構えている。

水を取りすぎたと思うくらい飲み続けたのが功を奏したのか、朝起きると思ったより体調は良かった。アマ・ダブラムの向こうから太陽が登る中、キャンプ2に向けて出発した。

ビレイをとりながらしっかりとした足取りで岩場を登っていく。稜線に出ると、雲の下にベースキャンプが見えている。随分と上まで来たな、と思ったが目指す頂はまだ遥か上空にそびえていた。

風は弱く、快晴。山頂まではっきりと見えている。いまだにあの氷壁をどう登ったらいいのか分からなかったが、心は前を向いていた。苦しいクライミングが続いていたが、不思議と疲労が気持ちいい。

地上の半分しか空気が無いなか、喘ぎながら体全身を使って目の前の壁を超えていく。自分の限界に挑戦しているような、とても充実した時間を過ごしていた。

気が付くとあんなに苦労したイエロータワーも思ったよりも簡単に乗り越えてキャンプ2に到着した。心配していた高度障害もそれほど悪くはない。天気も良い。

これなら行ける。

夕方、黄金に染まる山頂を見ながら、明日の今頃は登頂してキャンプ2まで戻って来るぞ、とひとり心に誓った。


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