読書感想文『異邦の騎士』

島田荘司『異邦の騎士』

占星術殺人事件、斜め屋敷の殺人と御手洗潔シリーズを読んできて、こちらが3作目。
ただ、異邦の騎士が島田さんのはじめて書いた小説らしいので、書かれた順番としては一番早い。
時系列的にも、たぶん一番最初だと思う。(違ったらすみません)

その日暮らしのこの日常から抜け出すには、作家になるほかはないと思いはじめていた。そうしたら、いつのまにかこの物語ができた。思い通りにならないことが連続する日々のうちで、明るい物語であるはずもなく、今読み返すと、この頃の暗い思いがありありと甦り、何やら辛くなる。


島田さんもあとがき(初小説だが、出版は書き終えてから9年後)で上のように書いている通り、暗くて悲しい話。占星術と斜め屋敷からして、コミカルな要素もあるだろうと思って読みはじめたので少し驚いた。もちろん人の死をメインで扱うのがミステリー小説だから陰鬱なシーンもあるわけだけども、御手洗と石岡のやりとりでクスッとできるのがこのシリーズだと思っていたので。
そもそも御手洗の登場シーンが少ない。終盤は大活躍だけれど、それまでは変人としてチラッと登場する程度。
著者のデビュー作だから、これからの(後作での)御手洗の活躍を知らずに読んだ人は「あの占い師が探偵役だったのか!」と驚くのかもしれない。私は最初から探偵御手洗に期待して読んでしまっているので、少なく感じたんだと思う。

そもそもこの小説は御手洗の活躍を楽しむためのものではなく、想像力をはたらかせて主人公の境遇に寄り添うことで最大限の効果を発揮できる小説だ。
主人公の境遇とはつまり、公園で目が覚めたら全身アザだらけで記憶も喪失しており、その日出会った女の子と暮らすようになるが、「以前の自分は他に家族がいたのではないか、あの日自分は何をしていたんだろう」と不安になりながらも日々に幸せを感じている状況である。めったにあることではない。想像力が大事だ。

以下、ネタバレを含む。
私は御手洗と石岡のコンビが好きなので、

御手洗という男は、つき合えばつき合うほど風変わりな人間だった。自分を、よほど偉大な人間と勘違いしているらしかった。こういう性格を反映してか、友達は一人もないらしい。

という箇所を読んだとき、石岡がいるじゃん!と心の中で反論してしまった。何の前情報も入れずに「御手洗潔シリーズ」という認識だけで読んだので、時系列も何も知らなかったのだ。

途中から、「え?もしやこれ石岡?」と思いはじめ、まぁ実際そうだったわけだけれど、2人の出会いにこんな大事件が絡んでいると思わなかった。
占星術殺人事件で、石岡が御手洗との出会いを「ちょっとした事件がきっかけで御手洗という男と知り合い、彼の占星術教室に入りびたるようになっていた」と言っているが、ちょっとした事件!?記憶喪失になって人を殺しかけた出来事が!?と言いたい。もちろん敢えての表現なんだろうが。異邦の騎士を先に読んでいたら、「どこがちょっとしたやねん」とつっこんでいたと思う。

ともかく、ふたりの出会いがこんな劇的で、石岡はすんでのところで御手洗に人殺しを止めてもらったわけだから、絆が強いのも納得だ。御手洗が厄介な人間であっても、嫌いにはなれないだろう。命懸けで助けてくれたんだから。
そう思うと、このコンビがより好きになった。

ということで御手洗潔シリーズをどんどん読み進めていきたいが、めちゃくちゃ多い。御手洗潔の挨拶を次に読むべきだろうが、これは短編らしい。短編より長いミステリーを読みたい気分なので、違う作家の本を一度挟みたいと思う。
ミステリーといえば、そもそも『異邦の騎士』はミステリーではない。なぜなら何の犯罪も起きていないから。


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